放射能汚染と向かい合う時代
今中哲二(京都大学原子炉実験所)
地震・津波をきっかけに福島原発事故がはじまってからもう6年になる。福島の事故が起きるまでの私は、「54基もの原発が動いているのだから、下手をしたら日本でもチェルノブイリのような事故が起きますよ」と警告を発していればよかった。しかし、チェルノブイリのような事故がホントに起きてしまい、私の役割はすっかり変わってしまった。
福島第一原発では3つの原子炉がメルトダウン、メルトスルーを起こし、大気中に漏れ出した放射能によって関東より北の本州太平洋側は、無視できないレベルの汚染を蒙った(図)。放射能汚染の主役が半減期30年のセシウム137であることを考えると、私たちはこれから、50年、100年という単位で放射能汚染と付き合わねばならない。
■東京もセシウムだらけ
私に言わせれば、東京もセシウムだらけで、東京の土をサンプリングし研究室に持って帰って測定器にかけると見る間にセシウム137の存在をしめすピークが現れる。「東京のセシウム137汚染レベルは1平方m当たり5000から1万ベクレルです」といっても、“1平方m当たり1万ベクレル”と言われてすぐにピンとくる人はまずいないだろう。「1平方m当たり1万ベクレルのセシウム137土壌汚染があると、セシウム137からのガンマ線によって、その場所の空間放射線量率は毎時0.01マイクロシーベルト程度上がるでしょう。つまり、東京ではもともと毎時0.05マイクロシーベルトだったものが(この6年間人の手が入ってなければ)毎時0.06マイクロシーベルトくらいになっています」といえば少し感触がつかめるかもしれない。一方、福島市内のセシウム137汚染レベルは1平方m当たり20万ベクレル程度で、飯舘村となると平均は約100万ベクレルである。セシウム137汚染にともなう空間放射線量率は、それぞれ、もともとの自然バックグラウンドの数倍から数10倍にもなる。
専門家によって見解はいろいろあるが、私は自然放射線による被曝も私たちがガンになる原因のひとつと考えている。最近の英国からの報告では、ガン全体の1%程度が自然放射線被曝によると見積もられている。そして、健康影響の大きさ、つまりガンや白血病といった病気の増え方は、受けた被曝量に比例するというのが、低線量被曝に対する考え方だと思っている。
■“どこまでガマン”それぞれで判断を
以上から、当たり前のこととして、次の2つのことが言えよう。
●汚染地域に暮らすとそれなりの被曝は避けられない
●余計な被曝はできるだけ避けた方がよい
“放射能汚染に向かい合う”とは結局、上記の相反する2つのことに対して、人々が折り合いをつけることだと私は考えている。“折り合い”とは、“どこまでをガマンするか”と言い換えてもよい。福島原発事故は東電がしでかした不始末である以上、「1ベクレルの汚染も1マイクロシーベルトの被曝もいやだ」という権利が私たちにはある。1ベクレル、1マイクロシーベルトをガマンできない方にとっては、東京も住めるところではない。
どこまでをガマンするかは、個人個人の抱えている事情や価値観で決まってくるものであり、一般的にどこかに線を引くことはできない。ただ、放射能汚染というのは、これまで人々になじみのなかった問題であり、ネットではさまざまな情報が飛びかっている。放射能や放射線を40年以上にわたって扱ってきた原子力屋の端くれとしては、できるだけ確かな知識に基づいて、それぞれの人が判断してほしいと思っている。福島原発事故後の私の仕事は、一般の方々に、放射能、放射線、被曝というものをわかりやすく説明し、被曝の影響についても、どこまでが分かっていて、どこがよく分からないという知識を提供し、放射能汚染に向かいあうときの手伝いをすることだと思っている。
私事を言うなら、私の娘と孫も東京に住んでいる。娘の家の近くの土を測ったら1平方m当たり1万4000ベクレルのセシウム137汚染だったが、その汚染を理由に、娘家族が東京から引っ越した方がいいとは私は思っていない。私の見積りでは、そのセシウム汚染にともなう年間の被曝量は大きくて100マイクロシーベルトである。一方、自然放射線による被曝は、宇宙線や自然放射能体内被曝を含めて年間約1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)あり、それも地域によって数100マイクロシーベルト異なっている。東電の不始末によって、余計な汚染や被曝があるのはシャクではあるが、東京で暮らしているからには“もうシャーナイ”というのが私の判断である。
■東電・政府にはキチンと面倒をみる責任がある
昨年11月、10月に実施した飯舘村での放射線状況調査の結果を地元の方々に説明する機会があった。除染後のその地区の家回りの空間放射線量はだいたい毎時0.5マイクロシーベルトであり、避難指示が解除された後に戻るかどうかは私が決められる話ではなくそれぞれの方の判断です、という話をした。すると参加者から、「今中先生、お孫さんを連れて飯舘村に住みますか?」と聞かれたので、「66歳の私が専門家として飯舘村で生活するのは気にならないが、孫を連れて住むのは、特段の事情がない限りやりません」と答えた。常識的に判断し、放射線に対する感受性が大きい子どもたちが、自然放射線レベルの数10倍という環境で生活することは避けた方がいい。
その飯舘村などこれまで居住制限区域とされてきた地域では、この3月末に避難指示解除が予定されている。そして、これまで避難生活のために支給されていた補償金がすぐに廃止され、学校も飯舘村で再開されるという話である。自宅に戻りたいというお年寄りが帰村するぶんには反対する気はないが、戻りたくない人々まで無理矢理に戻そうという政策が進められようとしている。放射能汚染は、東電と同時に、原発開発を進めてきた日本政府にも責任がある。帰村する人、避難を続ける人、どこかに移る人、それぞれの人の判断に対して東電と政府はキチンと面倒をみる責任があることを強調したい。
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