21世紀の「菜園家族」― 時代の扉を開く ―
小貫雅男(滋賀県立大学名誉教授・里山研究庵Nomad主宰)
市場原理至上主義「拡大経済」は、今や行き着くところまで行き着いた。
熾烈なグローバル市場競争のもとでは、科学・技術の発達による生産性の向上は、人間労働の軽減とゆとりある生活につながるどころか、むしろ社会は全般的労働力過剰に陥り、失業や派遣など非正規雇用をますます増大させていく。少数精鋭に絞られた正社員も、過労死・過労自殺にさえ至る長時間過密労働を強いられている。この二律背反とも言うべき根本矛盾を、どう解消していくのか。このことが、今、突きつけられている。
一方、農村に目を移せば、過疎高齢化によって、その存立はもはや限界に達している。これは当事者だけの問題に留まらず、むしろ戦後高度経済成長の過程で大地から引き離され、根なし草同然となって都市へと流れていった、圧倒的多数の賃金労働者という近代特有の人間の生存形態、つまり都市住民のライフスタイルをどう変えていくのか、という国民共通の極めて重い根源的な問題でもある。
●今こそ近代の人間の生存形態を変える時
この変革を可能にする肝心要の鍵は、紛れもなく都市と農村の垣根を取り払いはじめて成立する、賃金労働者と農民の深い相互理解と信頼に基づく、週休(2+α)日制の「菜園家族」型ワークシェアリング(ただし1≦α≦4)である。
日本はもともと、急峻な山や中山間地の多い土地柄である。こうした特有の国土条件を考えても、大規模農業はそぐわない。日本の条件に適った中規模の専業農家を育成し、これを核にその周囲に、週休(2+α)日制の「菜園家族」を新たに生み出していく。
この「菜園家族」は、たとえばαを3とすれば、週休5日制となり、残りの週2日の“従来型”のお勤めで安定的に得られる現金収入によって家計が補完されるので、週の5日は安心して「菜園」で自給のための多品目少量生産に勤しむ。と同時にゆとりある育児、風土に根ざした文化芸術活動、スポーツ、趣味など、大人も子どもも自由に創造的活動を楽しみ、自己実現が可能になる。若干の余剰生産物は、近所にお裾分けするか、近傍の市街地の青空市場に出品して、地域や街の人々との交流をこれまた楽しむのである。
これに対して、中堅専業農家は、都市部へ新鮮な農産物や加工品を供給するとともに、地元の森と海を結ぶ流域地域圏全域の地産地消を支える。今はすっかり寂れてしまった地方中核都市も、こうした農山漁村とのヒトとモノと情報の密な交流によって活性化し、再生のきっかけをつかんでいく。
このように「菜園家族」構想は、農業・農村のあり方を長期展望に立って見据え、週休(2+α)日制のワークシェアリングのもと、既存の兼業農家や新規の就農者を「菜園家族」に積極的に改造・育成していく。そして中堅専業農家を核に、その周囲を10家族前後の「菜園家族」が囲む、いわば植物生態学で言う“群落”の形成を促していく。
中堅専業農家は、都市での過酷な働き方に苦しみ、農ある暮らしを求めてやって来る人やUターン者に対し、経験豊富な先輩として農の技術を伝授し、「菜園家族」育成・支援の中核的役割を果たす。一方、「菜園家族」は、自家の「菜園」を営みつつ、集落共同の水利・草刈りなど農業生産基盤の整備に参加したり、子育てや介護や除雪など暮らしの上で協力したりする。このようにして、中堅専業農家と「菜園家族」との間に、深い相互理解と信頼に基づくきめ細やかな協力関係が、時間をかけて熟成されていくであろう。
「土・日農業」という後ろ向きで、きわめて消極的な農業を戦後長い間強いられてきた、農家の圧倒的多数を占める兼業農家に加え、都市からの移住希望者も、この週休(2+α)日制の「菜園家族」型ワークシェアリングによってはじめて、時間的にも余裕のある、多品目少量生産の創造性豊かな楽しい農的暮らしが可能になるであろう。
これは、戦後70年間にわたって低迷を続けてきた日本農業の大転換であり、都市住民の働き方、生き方をも根底から変え、今日の社会の混迷と閉塞状況を打ち破る決定的な鍵となる。賃金労働者と「菜園」という小さな生産手段とのこの歴史的とも言うべき再結合を果たし、自給自足度を高めることによって、市場の作用を抑制する抗市場免疫の家族と地域社会を築くことができる。こうして、多国籍巨大企業本位の欺瞞の「自由貿易」の拡大に縋ることなく、理性的で平等互恵の調整貿易は現実のものとなるにちがいない。
●私たちに残された時間はそれほど多くない
日本の国土にふさわしい、内需主導の「菜園家族」型社会を追求するのか。それとも、内面生活の伴わない浅薄な「経済成長」を金科玉条のごとくいまだ追い求め、ひたすら消費のために働かされ、大地に生きる素朴で精神性豊かな未来への可能性を閉ざしてしまうのか。今、その選択が問われている。
王宮のような豪華絢爛たる別荘に招かれ、人種差別、女性蔑視、取引第一主義の得体の知れぬトランプ大統領にハグされ、ポチのように尻尾を振って擦り寄る。この屈辱的な安倍秘密ゴルフ外交。米軍基地に苦しむ沖縄の人々は、果たしてどう思ったであろうか。
自国民を見下し、全世界を手玉に平然と悪巧みして恥じない金ピカ欺瞞の安倍・トランプ同盟。わが国の主体性は、一体どこにあるというのか。もうそろそろ足元の現実から出発して、自らの進むべき道は、自らの頭でじっくり考えていかなければならない。
資本主義固有の不確実性と投機性が露わになり、分断と対立がいよいよ深まっていく今、強欲、冷酷無惨なグローバル市場に対峙し、21世紀「菜園家族」は、大地にしっかり根を下ろしおおらかに生きていく。そのひたむきな営みがやがて、近代を超克する別次元の寛容と共生の世界を切り拓いていくであろう。
21世紀、この基本方向をどう実現していくのか、拙著『菜園家族の思想 ―甦る小国主義日本―』(かもがわ出版、2016年10月刊)は、その具体的な道筋と手立てを提示している。議論を深めていきたいものだ。
『菜園家族の思想』―甦る小国主義日本―
小貫雅男・伊藤恵子【著】 かもがわ出版 四六判 384ページ 2016/10刊
2700円(本体2500円)
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