よつばつうしん
2013年8月号(NO.029)



交流会でパワーをもらってます
肥後れんこんの里(熊本県:里いも・レンコン・トマト・アスパラなど)

産地交流会でのれんこん掘り体験の様子

 肥後れんこんの里は、熊本県宇城市を中心に山都町・八代市に現在20名の会員がいます。よつば農産とのお付き合いが始まったときには蓮根だけでしたが、今では野菜を中心に果物・加工品併せて20品目、1年間何らかを出荷させていただいております。
 蓮根は、当初は無農薬栽培でしたが、温暖化の影響でしょうか。ヨトウムシが越冬するようになり、蓮根の葉を2〜3日で食べつくしてしまった年がありました。このような状態が毎年続くようだったら、蓮根の収量が減り、生産者の生活が大変になるのではないかと不安になりました。そこで生産者と話し合い、生育状況によっては農薬を散布し、安定した収量が取れるようにと、その頃に省農薬栽培に切り替えることになりました。
 また、蓮根をたくさん食べていただこうと、親子で一緒に行う料理教室を2002年7月から大阪で6年ほど、夏休みに開催しました。その後は、熊本に来てもらい、蓮根掘りの体験、ぼかし肥料を作っているところの見学や、蓮根料理の紹介などさせていただく産地交流会も行いました。会員の皆さんと交流することで、私たち生産者の思いを伝えたい、また、会員の皆さんの声を聞くことで、さらに農作物を生産するパワーをいただいています。
 野菜づくりは、土づくりからだと思っています。これからも、土づくりを第一に野菜本来の旨みが引き出せるよう、それを召しあがってくださる方が、おいしいねと、笑顔になれるようにこれからも努力していきたいと思っております。

(桐木尚子)
みんなで協力しながら頑張っています
別院協同農場(「摂丹百姓つなぎの会」の地場野菜)


 別院協同農場は京都府亀岡市東別院町で地場野菜を作っています。2年前に長年にわたり地場野菜をよつ葉に届けていた丹波会と合流しました。毎年組合員の数も増えて今では47組の組合員になりました。毎朝、採れたての野菜を集荷場に納品にきては近況などみんなで話したりと、活気のある着荷場です。
 世代交代の中、組合員に若い人も少しずつ増えてきてはいますが、年々高齢化が進み、集荷場に野菜を持って来ることができない農家さんも増えてきていますので、こちらから野菜を集荷に行ったり、畑の草刈や耕運、田植え稲刈りなどの手伝いをしたりと助け合いながら地場野菜を皆さんに届けています。人数も増えてきましたので、全ての農家が集まることが難しくなってきましたが、月に1度の定例会には多くの農家さんが集まってくれます。
 協同の活動としては、数年前から地元で作られた野菜苗などの共同購入や農作業など応援を行い、みんなで助け合える地域農業に取り組んでいけると思います。また、昨年から能勢農場の協力を得て、土壌改善の目的で地場の農家さんの田畑に牛糞堆肥の散布を始めました。今年からは、独自の堆肥場を設け、若い農家さんや能勢農場とも協力しながら、もっともっと活力ある地域農業を進めていきたいと思っています。

(横山茂幸)
山里でくらす農漁村で暮らし

関さんに少しは近づけた?
べにばな野草園・伊藤えりこ


 べにばな野草園は1985年、大阪府能勢町で20年近く薬草を育てていた故関久子さん(当時85歳)との出会いに始まった。関さんは1970年代、能勢ナイキ基地反対運動に参加しながら、地元住民の生活の糧に能勢の山に自生する薬草を役立てられないかと考え、育て始めたのだった。
 当時私は、アメリカ先住民ホピ族との暮らしを体験し、「年老いた人たちに学びなさい、智恵をもっているから」という言葉をみやげに帰国し、どこか田舎でやれる事を探していた。関さんの雑草園を訪れ、自然な形でいろんな薬草、野草たちが育っていることに感動し、薬草を学ぶことになり、能勢に住み始めた。
 初めは原田さんの杉林にティピを建てさせてもらい、半年後に借家が借りられた。野山を歩きながら勉強したり、関さんが1カ月に1度来てはいろいろ教えてくれた。採集した薬草(野草)は友の贈り物の押し切りで切り、畳屋でもらってきた畳表に広げ天日干し、家の中に下げて陰干ししたり、保存する一斗缶は豊中市の市場に捨て置かれてる缶を拾い、130缶集めた。乾燥した野草を保存するのにいまだに重宝している。畑の農具は関さんの同志が、生活資金は女友達三人が関さんの薬草の智恵を学ぶためにと用意してくれた。べにばな野草園は資本金0円と女たちの想いで始まったのだった。
 採集した野草を混ぜ合わせて「野草茶」として販売するようになり、友人知人たちが共同購入会や自然食品店を紹介してくれた。おいおい「女葉月茶」や「どくだみ水」やヨモギ茶、スギナ茶……なども作るようになった。この20数年これを仕事とし、女2人が生活できてこれたのは、本当にいろんな人たちの協力や支え、励ましのおかげである。
 能勢町で15年やらせてもらい、50歳を前に故郷の山形県酒田の山村に帰郷し、早10年が過ぎた。家の周り、畑、山と、ほんとに四季折々にさまざまな野草たちが顔を見せてくれるのは楽しみなことである。草も鳥も虫、動物……人もみーんな同じいのちと思ってた関さんに、20数年の時間を経て私は少し近づけたか? いやまだまだか???と。