〈2023年5月号(No.145) -3〉

いのちの不在 フードテック
安田節子(食政策センタービジョン21)
フードテックは「テクノロジーが生み出す食べもの」と言えます。食料不足や畜産の環境への影響、脱炭素化など肉食の問題を最先端テクノロジーを駆使した「代替たんぱく」で解決していくというものです。
「食のダボス会議」と呼ばれるEAT(イート)フォーラムが、2017 年に「地球健康食生活」を提唱しました。食肉の消費を90%減らし、バイテクにより作られた人工的な食事を提案しています。イートフォーラムに参加しているのはバイエル、シンジェンタ、カーギル、ユニリーバ、デュポン、グーグルなどの大企業です。フードテックにはこれまでの農業、畜産に取って代わって、企業がテクノロジーで生み出す「代替たんぱく」を世界の食卓に並べるというもくろみがあります。
世界の「代替たんぱく」市場は今後拡大を続けると予測され、フードテックの新興企業群にはビル・ゲイツをはじめ投資家たちの多額の投資が集まっています(図)。その主たる原動力はフードテックの技術が知的財産の塊だからです。特許による独占で市場を支配し、大きくもうけることができると見込んでいるのでしょう。
「代替たんぱく」として植物由来の代替肉と昆虫食、培養肉が推進されています。
●代替肉
「代替肉」はアメリカをはじめとして先進諸国で、ビーガンや菜食主義者に加え、環境負荷や動物愛護に配慮するエシカル(倫理的)消費を志向する人たちが代替肉市場をけん引しています。アメリカで既に本格的に利用されています。原料はきのこ類、レンズ豆、大豆、コメ、ニンジン、ズッキーニ、穀類などさまざまです。肉、卵、乳製品、魚介類などの代替品の開発が進められています。代替肉は、「肉に似せる」ためにいろいろな添加物をたくさん使います。アメリカの代替肉企業、インポッシブルフーズのバーガーは、パテに血肉の赤色を再現するため、大豆のヘムタンパクを作る遺伝子を遺伝子組み換えで酵母に導入し、これを量産してヘム(赤色色素)を取り出し、代替肉のパテに使っています。またどの代替肉バーガーからも、GM(遺伝子組み換え)大豆由来のグリホサート(注1)が検出されたうえ、有害なリステリア菌(食中毒の原因になる)がたびたび検出されました。塩分量の多さも問題となり、消費者離れが起きました。現在、代替肉企業の株価は暴落し、従業員の大量解雇が報じられています。GM 使用ということでインポッシブルバーガーはヨーロッパでは認められませんでした。
●昆虫食
2013 年、国際連合食糧農業機関(FAO)が気候変動や人口増加による食料問題を解決する糸口として、昆虫を食用としたり、家畜の飼料にしたりすることを推奨。世界経済フォーラムでも人間の食卓に昆虫を導入する必要性が推奨されました。
日本では、地域の自然環境で採取される、カイコのさなぎ、ザザムシ、イナゴなどが地域の食文化として継承されてきました。一方、推進されている昆虫食は、昆虫の家畜化と言えます。コオロギの遺伝子情報を解析して品種改良を行い、高栄養で低アレルギーで、従来より大きいコオロギを生み出し、工場で大量に増殖させ、食料と飼料へ利用しようとしています。
安全性については、甲殻類にアレルギーを持っている人はアナフィラキシーショック(注2)が起きる恐れがあります。欧州食品安全機関は昆虫及び昆虫由来製品は新食品と見なされ、新食品承認の対象としています。そして「相当な懸念」として以下を挙げています。
(1)好気性細菌(注3)数が高い
(2) 加熱処理後も芽胞形成菌(注4)の 生存が確認される
(3) 昆虫及び昆虫由来製品のアレルギー 源性の問題がある
(4) 重金属類(カドミウム等)が生物濃縮される問題がある
日本では自販機でも販売されている昆虫食ですが、日本には承認制度がありません。安全の担保がされていないのです。
●培養肉
動物の細胞を培養して作り出します。食肉、魚肉、乳、乳製品などが開発されています。動物の生体から取り出したゴマ粒ほどの細胞をバイオリアクターという巨大な容器内で培養することによって作られます。肉の場合、筋肉、脂肪、血管などの細胞を培養して組み合わせます。培養液は牛の胎児の血清を用いていましたが、大変高価でまたアニマルウエルフェア(注5)に反するとして、今は植物や食品由来に替わっています。培養液は細胞分裂を活性化するための成長因子も使われ、それによってがん細胞になる可能性があります。また培養肉は平たく広がるだけなので、立体化するのが課題でした。現在は3Dプリンターを用いて立体化しています。
バイオリアクター技術は高価で、培養過程における温度維持に多くのエネルギーを必要とし、また大量に生み出される廃棄物の環境への影響が生じます。温室効果ガスの面で本当に優位であるのか、疑問です。シンガポールが培養鶏肉のチキンナゲットの販売に許可を与えた唯一の国でしたが、今年 3 月に米国 FDA(アメリカ食品医薬品局)が市場向け培養肉を認可しました。米国に続けとばかりに、岸田首相は今国会で、培養肉は持続可能な食料供給の実現に重要だとして、日本発のフードテックビジネスを育成すると発言しました。しかしフードテックの安全性をどう評価し、表示をどうするかまだ不明です。人間が食べてきたものではないので何が問題かを知ることも難しいのです。
農業による自然から取れる食べものでなく、バイオテクノロジーなどの技術を駆使して工業的に生産される食べものは、生命力のない食べものです。自然物の生命力、いのちをいただくことで、私たちのいのちが紡がれる、それが生命の循環の理(ことわり)です。フードテックは自然界に存在しない不自然な食べものであり、そこにいのちという言葉は存在しません。
(注1)2015 年にWHO(世界保健機構)が発がん性があると評価した除草剤
(注2)アレルゲンなどが体内に入ることによって、複数の臓器や全身にアレルギー症状が表れ、命に危険が生じ得る過敏な反応が出ること
(注3) 空気中あるいは酸素からエネルギーを獲得して生育する細菌
(注4 耐熱性を有する細菌。食中毒を引き起こす原因となる。
(注5) 動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態
*2面「生産者紹介」に関連記事
4 面「INFORMATION」欄で関連書籍紹介
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