2022年、農や食にまつわる気になる動きを振り返る
山口 協(地域・アソシエーション研究所)
2022年も残り少なくなってきました。今年も1年を振り返り、農や食にまつわる気になる動きについて考えたいと思います。
●農と食に対する最悪の破壊
この間、気候変動による自然災害やコロナ禍などグローバルな危機が相次いで襲来し、将来の見通しに暗雲が立ち込めるかのような状況が続いてきました。さすがに今年こそは事態の好転を望みたい。年初に際して、そんな希望を抱いた方も少なくなかったと思います。しかし、そんな願いを打ち砕くように2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻を行いました。まさか21世紀のこの時代にこれほどあからさまな侵略戦争が起きるとは思いもしませんでした。言うまでもなく、人間が人間を目的意識的に、また大量に殺戮する戦争は、最も愚劣で罪深い行為です。同時に、農と食に対する最悪の破壊でもあります。
世界で最も肥よくな土壌「チェルノーゼム(黒土)」が多く分布するウクライナは、俗に「欧州のパンかご」と呼ばれるほどの穀倉地帯として有名です。ところが、ロシアの侵略によって状況は一変しました。ミサイルや砲弾を受けて農地は荒らされ、農機具は破壊され、農家も犠牲を余儀なくされました。いつ終わるか分からない戦闘に春先の作付けができなかったり、なんとか作付けしたものの収穫間際で戦火に見舞われたり、収穫を果たした作物も海上封鎖などで出口を失い、劣化を強いられた事例が少なくないとのことです。
一刻も早い戦争終結が望まれますが、戦闘の前線では農地に相当の地雷が敷設されているらしく、仮に早期終結が実現したとしても農業の復旧にはさらに時間を要するでしょう。ウクライナ農家の落胆と怒りがどれほどのものか、想像するに余りあります。
●戦争の影響はこれから本格化
もちろん、戦争の影響はウクライナにとどまりません。ウクライナ産穀物(小麦・大麦・トウモロコシ)の輸出が急減した結果、直接には中東や北アフリカなどの地域で食糧危機に見舞われ、食用・飼料用を含めて市場価格の高騰という形で世界全体にも波及しつつあります。実は、穀物の国際市場での価格は、すでに昨年秋から高騰していました。主な要因の一つは、昨年春の米国・カナダにおける干ばつです。太平洋東部の赤道付近の海域で海水面の温度が平年よりも低くなる「ラニーニャ現象」、つまり気候変動の影響と言われています。国際市場における伝統的な小麦の生
国産輸出国は米国、カナダ、豪州で、ウクライナやロシアは新興勢力です。品質の違いもあって、日本ではほとんど北米産を輸入していました。そのため、5月ごろに生じた輸入小麦や小麦製品の価格高騰は、戦争以前の要因によるものです。しかし、世界全体で小麦が品薄になれば国際的な市場価格は全般的に高騰します。北米産などへの引き合いが強まれば、価格競争も激化します。つまり、影響は今後ますます拡大していくと予想されます。
また肥料供給の減少も深刻です。恥ずかしながら、ウクライナやロシア、ベラルーシが世界有数の化学肥料の生産国であることを今回の戦争で初めて知りました。とはいえ、国際的な肥料価格の上昇も、実は昨年から生じていました。リン酸アンモニウムや尿素などの一大生産国である中国が、国内での畜産飼料の大幅な増産や国際的な穀物価格の高騰などを受け、自国の肥料確保を最優先したためです。日本の場合、ロシア産やベラルーシ産の割合が一定ある塩化カリウムを除けば直接的な影響はないものの、やはり国際市場を介した価格高騰の痛手は軽視できません。この点も、今後ますます明らかになっていくでしょう。
さらに原油。世界第三位の原油産出国であるロシアに対する経済制裁で、エネルギー危機が懸念されています。実は、原油価格もまた昨年秋から急上昇していました。要因として、「ウィズコロナ」の浸透に伴う経済活動の再活性化、脱炭素化に向けたすう勢の中で原油の減算基調が続いてきたことなどが挙げられます。経済制裁の影響が本格化するのは、やはり今後です。
●食料安全保障とは
以上のような状況に二十数年ぶりの円安が加わって食料品の価格が高騰し続けていることは、ご存じの通りです。ただし生産現場は一歩先んじています。輸入飼料に依存する畜産や酪農では、すでに廃業など危機的な状況が現れており、化学肥料や農業機械の利用が進んだ稲作でも来年作への懸念が深まっています。いったん生産現場が潰えてしまえば、状況が好転してもおいそれと再開することはできません。
こうした事態を受けて、日本政府も食料安全保障の確保に向けた対策の検討を始めています。短期的には、今年度の第2次補正予算で農林水産関係の計上額を積み増しするなど、財政措置が中心になるようです。差し当たっては必要な対応と言えるでしょう。ただし、それは対症療法に過ぎません。農や食の基盤を国際市場に依存し続ける限り、日本の食料安全保障は本質的に脆弱であることに変わりがないからです。もちろん、すべてを自国で賄うことは困難であり、必ずしも望ましいことではありません。世界各国の地理的条件が異なり、食料生産に恵まれた国ばかりではない以上、食べものを融通し合う市場は必要でもあります。
とはいえ、基本的な食料の最低限必要な品目や量ぐらい、できるだけ身近な範囲で賄えるような仕組みを考えていかなくては、結局のところ市場に振り回されることになります。化学肥料や農業機械の利用を全否定することなどできませんが、外部の資源に依存しなければ成り立たない農や食の現状について、少なくとも自省する視点は必要でしょう。そもそも一口に食料安全保障といったところで、自分たちだけが助かればいいという発想では自分たち食料の安全も守れません。世界のどこであれ、大国が小国を牛耳ったり、戦乱によって人々の生命や権利が踏みにじられたりすることがないような世の中でこそ、食料安全保障は確保されるはずだと思います。
「3.9 ロシア軍は即時撤退を! おおさか総がかり緊急集会」中之島公園にて