〈2023年4月号(No.144) -3〉

9条の行方
弘川欣絵(弁護士・「あすわか」)
●安全保障の大転換
昨年12 月16 日、岸田政権は、安全保障3文書を閣議決定した。これは日本の防衛力の抜本的強化を目指すもので、日本の安全保障政策の大転換といわれている。
安全保障3文書とは、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画のことである。特に国家安全保障戦略は外交・安全保障の最上位の指針であり、この文書において敵基地攻撃能力(岸田政権は「反撃能力」と言い換えている)の保有が明記された。国家防衛戦略には敵基地攻撃能力の使用の要件が示され、防衛力整備計画には、敵基地攻撃能力の整備などにより5年間で43 兆円、GDP 比2%の防衛費が明示された。
安保3文書によれば、敵基地攻撃能力(反撃能力)とは「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンドオフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」である。
これまでは憲法9 条2 項が戦力不保持を定めているため、自衛隊が軍隊であってはならないという建前の下、「専守防衛」の一つとして、日本領域内やその周辺でしか自衛権を行使できないとされていた。しかし、敵基地攻撃能力とはまさに名のごとく、敵国の領域内の基地などを攻撃する能力であり、このような攻撃も自衛権の行使として認めることにしたのである。政府はその理由として、敵国がミサイルを日本に向けて発射してきたとき、日本領域に入って来たミサイルを迎撃することしかできないのでは、各国のミサイル技術の向上などを見ると、防衛力として不十分だと説明している。
●敵基地攻撃能力の何が問題か
このような敵基地攻撃能力の保有について、世論は割れている。安全保障について、市民が意見を持つことはとても大事なことである。だからこそ、敵基地攻撃能力とはどういうものなのかをまずは知ることが重要である。
まず問題となるのは、敵基地攻撃能力の基準(着手の時期)が不明確であるということである。相手国のミサイル発射準備を察知したとして、それが威嚇のためにミサイル発射準備を見せかけただけなのか区別がつかない。他国ではなく、本当に日本を狙っているのかも分からない。誤って敵基地を攻撃すれば、先制攻撃となってしまうし、もしかしたら、本当に日本を狙っていても「先制攻撃をされた」と主張されるかもしれない。そうなれば戦争は避けられず、また国際社会の理解や支援も得られず、私たちの生活と生命は危険にさらされるだろう。
また、ミサイルの発射台の位置を把握できなければ、相手国のミサイル攻撃を防ぐことはできないわけだが、その位置をピンポイントで正確に把握することは困難であるし、発射台が移動されれば空振りに終わってしまう。そもそも、一部の発射台を破壊できても、全てを一気に破壊することは困難である。したがって実効性にも疑問がある。
また、2022 年4 月26 日の自民党の提言によれば、その攻撃対象はミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能なども含む。実際、今国会の衆議院予算委員会で、岸田首相はミサイル発射拠点だけでなく、戦闘機の飛来に対してその拠点の攻撃も考えていると述べている。そして2015年に成立した安全保障関連法の下では、集団的自衛権の行使すなわち、存立危機事態という曖昧な要件を満たせば日本ではなく他の国に対する攻撃に対しても、敵基地攻撃能力を行使できるのである。したがって、敵基地攻撃能力の保有を認めれば、大幅な軍備増強と無限の戦争行為を解禁することになる可能性を秘めている。
このような攻撃能力は行使するためではなく、「抑止力」として重要だという意見もあるだろう。しかし実体の見えない「抑止力」とは本当にあるのか、どこまで軍備増強をすれば「抑止力」になりうるのかは、本当は誰にも分からず、際限のない課金を続けることになりかねない。そして、軍備増強は周辺国に緊張や不信感を与え、他国の軍備増強を誘発することでもあることは、人類の戦史上、明かである。
仮に、「抑止力」が功を奏さず、相手国を思いとどまらせることができなかった場合、一度手にした敵基地攻撃能力は自動的に使われることになるだろう。自衛隊(軍隊)には、戦争を止める力はないからだ。戦争の泥沼化は避けられない。敵基地攻撃能力の保有には、このような問題点があるが、これらが理解されて、市民の議論は深まっているだろうか。
●国際社会を先導する名誉ある仕事を
日本は憲法9条の下、自衛隊の存在という葛藤はあるものの、専守防衛、個別的自衛権、武器輸出三原則、防衛費1%枠などの原則があったが、今はほとんど残っていない。先日、幕張メッセで行われた兵器の国際展示会は、防衛費増額の影響で大盛況だったという。自民党が結党の理念である憲法9条の改正に本当に着手するころには、誰も9条を守る意義を思い出せないかもしれない。
日本は、第二次世界大戦であまりに大きな加害をし、多くの国民も犠牲となった。そのために偶然にも、最も先進的な憲法の条項「9条」(戦争放棄と戦力不保持)を手に入れることとなった。銃の乱射を防ぐためには銃の保有を規制すればいいというのと同じように、戦争を防ぐためには軍事力を放棄すればいい、日本には理想的な国際社会を先導する名誉ある地位を得るチャンスが与えられたと思いたいが、手遅れだろうか。いずれにしても、ピンチをチャンスととらえ、進めていくことが大事だと思う。
2/24(金)「ウクライナ侵攻1年 ロシアは直ちにウクライナから撤退せよ!」集会にて
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