デジタル監視社会にどう抵抗するか
内田聖子(アジア太平洋資料センター共同代表)
●便利さの代償として
ここ数年で、デジタル化、DX(注1)、IT化などの言葉がすっかり市民権を得た。しかし実際、それはどのような仕組みであり、誰がどのように運営し、そして私たちの生活にどう影響するのかについては、かなり理解がバラバラである。
デジタル技術がもたらす便利さや合理性を全否定するものではない。しかし、特に日本においては、デジタル化による負の側面についてあまりにも警戒されていないと感じている。
例えば、私たちはすでにFacebookやTwitter などのソーシャルメディアを利用したり、Google 検索やAmazonで商品を購入している。これら企業はGAFA(注2)と呼ばれる「ビッグ・テック(巨大IT 企業)」だ。確かに便利なサービスである。私たちは無料でこれらプラットフォームを利用しているが、その代償とは何だろう。
それは私たちの「データ」である。例えばFacebook に投稿する写真や記述、Google で検索した履歴、Amazonでの購入履歴などのデータは各企業のサーバーに保管される。それだけならまだしも、位置情報や購入履歴、ウェブサイトの閲覧履歴、「いいね!」を押した投稿など、数々のデータから分析されるのは、私たちが「次に何を欲しいと思うか」という行動予測だ。購入したものの類似商品が絶妙なタイミングでウェブサイト上の広告として出現する経験は多くの人にあるだろう。「なぜ、私のことをこんなに知っているの?」と不快・不安に思う人もいるかもしれない。こうした行動予測こそが、ビッグ・テックが過去20 年間で築き上げたビジネスモデルなのだ。
●意思決定や民主主義の大きな後退
米国ハーバード・ビジネススクール名誉教授のショシャナ・ズボフ氏は、このようなビジネスモデルを「監視資本主義」と名付け、私たちの意思決定や民主主義を大きく後退させていると批判している。1990 年代末から2000年にかけて、Google などGAFA 企業は創業を開始し、その後大きく躍進した。当初はインターネットは利益追求の手段ではなく、世界中の人と情報や知識を共有していくユートピア的な基盤になるという理想があった。しかし、2000 年にITバブルが崩壊し、これら新興企業への投資が激減すると、どの企業も広告収入を基礎とする経営路線へと転換したのだ。
ビッグ・テックにとって、「顧客」は私たちではなく、広告を出してくれる企業である。私たちは「利用者」ですらなく、データを採掘される「素材」でしかない、とズボフ教授は述べる。確かに、私たちは自分を「利用者」であると思っているが、実態はこれら企業に多種多様なデータを惜しみなく提供している。その結果はターゲティング広告と呼ばれる一人ひとり異なる広告という形になり、私たちの前に現れるのだが、問題は集められたデータはどこにどう蓄積され、管理され、AI(人工知能)によって処理されているのかというプロセスを、私たちは知ることができない。問題は、その透明性のなさと非対称性にある。
●負の影響は弱い立場の人から先に
読者のなかには、「でもそれの何が問題なのか?」と思う人もいるかもしれない。確かに何も問題がなければ気にかける必要もないだろう。しかし、ビッグ・テックのビジネスモデルのなかで、実際には多くの問題が生じている。
例えば、米国ではターゲティング広告の手法によって、10 代の女の子向けにダイエット商品や整形、高額なコスメなどの広告が打たれ、購入しても理想の姿になれずさらにまた別の商品を購入するというケースが多くある。最終的には心身の健康を壊し、自死に至るケースもある。また貧困者を狙った高金利ローンの広告が出された結果、それに手を出した人がさらなる貧困に陥っていくという場合もある。
例えば障害を持つ人にとってインターネット上の広告は非常にトリッキーで、見たいコンテンツと広告の区別がつきにくいため広告の餌食になることが多くある。このように、ビッグ・テックのターゲティング広告は、社会のなかでより弱い立場の人から先に、負の影響を与えているわけだが、これは当然、私たちの社会全体の問題として理解しなければならないだろう。
現在、米国や欧州ではビッグ・テックの強大な支配に対して、市民や労働者、自治体、議員などの運動が盛り上がりを見せている。例えばAmazon の倉庫労働者たちは劣悪な環境で働くことを強いられ、AI による労務管理をされているが、彼らが労働組合を結成し、よりよい環境を同社に求めている。また米国では国会議員や公正取引委員会などがターゲティング広告を規制する法案を提案するなど、立法の動きもある。さらには、Google などの研究者・技術者が内部告発をしたり、退職して独立研究機関を立ち上げ、データを搾取しない、透明性のある倫理的なAI とその運用を実現するため努力を重ねている。
日本では残念ながらビッグ・テックへの警戒心がまだ弱く、市民や研究者、技術者、議員などの声も十分ではない。しかしこの課題は決して避けて通ることができない現代を生きる人々に共通したものだ。少数の巨大企業が、私たちのデータを収集することで莫大な利益を生む一方で、どの国でも貧困と格差は拡大し、持続可能でない世界が広がっている。技術をどう使うのか、私自身のデータを誰がどのように管理すべきなのか、また管理されるべきでないのか。時間がかかる取り組みであるが、身近に感じた疑問から、立ち止まって考えてみる必要がある。
注1: デジタルトランスフォーメーションの略。企業がAI などのデ ジタル 技術を用いて、業務の改善や新たなビジネスモデルの創出だけでなく、最新技術が適用しやすいシステムの変革を実現させること。
注2:GAFAとは、アメリカの企業であるグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの4社の頭文字を並べたもの。