原発は必要か。海洋生態系に悪影響、高コスト。
温暖化の抑制せず。
小松正之(一般社団法人 生態系総合研究所)
日本政府は1 月13 日に「今年中に100 万トン以上の放射性汚染水を1 キロ先の太平洋の海底に排出すること」を正式に決定した。これに先立ち原子力規制委員会とIAEA は安全性に問題はないとした。なぜ安全か、世界にも一般国民にも科学的なご説明をいただきたい。
●汚染水放出で海洋生態系が破壊
トリチウムなど多核種放射性物質を含む汚染処理水の海洋放出で、水産物需要が落ち込むなどの影響が出た場合に、国は対策を講じる。日本の漁業生産金額は年間1.3 兆円だが、流通、加工と小売業への影響とともに日本人の魚食はさらに衰退する。
2022 年度第2 次補正予算に組み込んだ500 億円(基金)の風評被害対策補助金は海洋生態系と漁業の回復へ貢献する内容はない。漁業者の燃油費などの高騰の経費増に当てられ、これはWTO で禁止の経費直接補助に該当しよう。漁業補助金は資源管理を実施した場合に限り使用が認められる。「ALPS(Advanced Liquidation Processing System)報告書」には「風評被害」の定義が見当たらない。漁業者と福島県の農家対策などでは問題は解決しない。全漁連も海洋放出反対と言いながら補助金はもらうと公言する。
汚染水は約130 万トン(2023 年1月現在)で、1000 基以上のタンクに保管され、再びALPS で処理し, 海水で薄めたうえで排出する。通常では、原発の280℃に熱せられた原子力発電所の炉心の冷却用海水が海中に放出されると、放射性物質を伴い、かつ高熱でウィルス、バクテリア、プランクトンとネクトンというミネラルなどの微生物多様性が失われ、生物と生態系の活力を提供する生態系サービスの機能が喪失する。英国とアイルランドは沿岸など原発のある海域の水産物は食べないことを推奨している。英国のグラスゴー大学や英国環境研究所のデータではトリチウムは魚類と貝類( ムール貝) で数倍から7 0 0 0 倍に濃縮さ
れ、人間の被ばく例も報告される。
国連海洋法の趣旨と条項(第207 条:陸にある発生源からの汚染の防止)に日本の行動は反する。ロンドン・ダンピング条約の趣旨にも合致しない。
国際海洋裁判所(ITROS) への提訴は海洋法の第15 部「紛争解決」に照らし、第290 条で暫定措置を要求できる。もしITROS が訴訟国の暫定措置を認めた場合、日本は海洋への放出が不可能になる。中国やロシアが提訴する可能性は否定できない。日本に親近感を持つ太平洋諸国も海洋投棄を心配している。
●政権交代で原発推進へ
民主党政権下の野田佳彦首相は原子力規制委員会の委員長に田中俊一氏を充てた。2012 年12 月には自民党・公明党が政権を奪還し、原発の再稼働に厳しく対応をした島崎邦彦氏の再任を拒否。原発に消極的な田中俊一委員長は2017年に退任。原発推進派の日本原子力学会会長の田中知委員長代理と動力炉・核燃料開発事業団の職員の伴信彦氏が就任した。原子力規制委員会には生物学/ 生態学の専門家がいない。
エネルギーの安定供給と脱炭素実現のために原発が必要と西村康稔経済産業大臣が発言(2022 年12 月18 日NHK 日曜討論会)。原発が二酸化炭素削減に貢献するというのは産業界と経済産業省の主張で、ライフサイクル分析(LCA)では、設備の建設と設置、リアクターでの燃料加工、輸送、最終廃棄物処分(これ
は未だに未解決)、そしてウランの採掘は二酸化炭素の排出が多く、作業者の健康被害が大きく、採掘現場の生態系が破壊されるとされている。鳥取県と岡山県の県境の人形峠には放射性の残土処理を巡って訴訟が起きた。アメリカでは原発はその危険性軽減のためにコストが他の発電より高額で、電力会社も消極的で1979 年のスリーマイル島原発事故以来2 件しか新稼働の許可が出ていない。
また、ホワイトハウスは12 月に開催されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のCOP27 総会でNBS(自然工法による水辺/ 沿岸・湿地帯再生のプロジェクト)が、二酸化炭素とメタンも吸収し有効であると公式に提案した(写真左)。セシウムは土壌とイネ科植物に吸収されるので湿地帯造成がその吸収と分解に有効かどうかの検証実験を日本でもしたらいかがだろうか。
●希釈後のトリチウムは事故前濃度の100万倍
福島沖の魚介類は福島第一原発事故の前は数ベクレルで一般食品基準値は100 ベクレル。はるかに高く、基準値とは一体何だろうかと疑問だ。さらに放出する海水希釈後のトリチウムの濃度は1,500 ベクレルで、原発事故前の海水中の濃度の100 万倍である。現在のタンク内汚染水の濃度は38 万ベクレルである。放出は廃炉が完結する30 ~ 40年間続く。この間に人為的事故や操作ミスは確実に起きよう。誰も責任をとらないことも考えられる。事故が起きた場合の対策がない。1990 年以降でも美浜発電所2 号機事故から始まった4 つの事故、1979 年のアメリカ・スリーマイル島原発事故、1986 年のチェルノブイリ事故も人為的ミスからだった。また、原発に対するテロ攻撃や隣国からの爆撃への防御の具体的対策はないに等しい。
福島県の沿岸に原子力発電所が設置された1970 年代以降、原発の出力が増大するにつれて、定置網漁業の漁獲量が約9000 トンからゼロになった(下図)。汚染水の1 キロ先への海洋放出で今度は海底のカレイやタラなどが影響を受ける可能性がある。一方、原発から離れた各県の定置網漁獲量は宮城県では20,130
トン(1976 年)から61,400 トン(2020年) と3 倍増、岩手県は29,730 トン(1976 年)が41,000 トン(2021 年)と約15% 増である。最近の国際的な予防原則によれば、立証責任は原因者側にある。
原発の高コストと危険性は大。温暖化対策でのメリットはない。原発は、風評被害対策費、40 年以上の海洋放出経費、温排水による漁獲減少、ウラン採掘費用、最終処理費用が高額。また、海を温め温暖化対策に逆行し環境へ悪影響。中露韓の近隣諸国の評価も低下、国際裁判で汚染水放出の差し止めか。軍事攻撃で原爆と化するか。
メリーランド州ハーブ・ド・グラース市:
堤防撤去後、造成された自然の小石と砂浜海岸(著者撮影)