「マイクロアグレッション」をご存じですか?
丸一俊介(在日コリアンカウンセリング&コミュニティセンター ZAC)
読者の皆さん、はじめまして。今日は皆さんにマイクロアグレッションという言葉を紹介したいと思います。耳慣れない言葉かもしれませんが、最近とても注目されている言葉です。友人、家族、パートナー間の、あるいは学校や職場での日常的なコミュニケーションに関わる概念です。
「女性なのに頼りになるよね~」
「旦那さんイクメンですよね!」
「日本語上手ですね」
言っている側は誉め言葉のつもりでも言われた側はモヤモヤする。そんな経験をしたことはないでしょうか?
例えば「女性なのに頼りになるよね」という言葉について考えてみましょう。
「女性なのに」「頼りになるよね」という言葉の裏には「一般的に男性に比べて女性はしっかりしてない、自立心や決断力が乏しくリーダーに向いていない」といった女性への“偏見”が隠されています。例えば世界を見渡すとドイツのメルケル元首相をはじめ有名な「頼れる女性リーダー」がたくさん存在していますので、これは根拠のない偏見であり女性への中傷と言えるものです。この言葉は言っている側は誉めているつもりでも暗に相手をけなしたり、「劣った存在である」というメッセージを伝えていると言えます。
同じように「イクメンだよね」という言葉には、暗に「子育ては女性がやるもの」という偏見が隠されています。(女性が子育て頑張ってても「イク○○」とか呼ばれないですよね)また「日本語上手ですよね」と言う言葉はどうでしょうか? 見た目や名前で海外にルーツがあると思われる人が流ちょうな日本語を話したときにかけられる言葉ですよね。でも日本には海外にルーツを持つ方がたくさん住んでいて、日本生まれ日本育ちで日本語話者の方も多くいます。言っている側は悪気はなくとも「あなたは日本人ではないのに」「日本語が話せないはずなのに」という思い込みが隠れており、言われた側は「よそ者扱い」されていると感じる表現です。
こうした一見、誉めたつもりや善意からの言葉であっても、実はそこに「無自覚な偏見」や「けなし、見下し」が含まれている言動を「マイクロアグレッション」と言います。みなさんも言ったり、言われたりしたご経験があるのではないでしょうか?
●マイクロアグレッションの特徴
マイクロアグレッションには以下のような特徴があります。
・学校や職場、友人関係の中など、日常の中で起きる。
※「マイクロ」というのは「日常の」という意味です。
・何気ないやり取りの中に見下しや中傷、侮辱が含まれている。
・言っている本人は悪気がない場合もあり、ときには誉め言葉や善意のつもりもある。そしてマイクロアグレッションは誰もが被害を受けるわけではなく特定の属性に対して行われるという特徴もあります。
・女性の方
・人種、民族的少数者の方
・LGBTQ(性的マイノリティ)の方
・障がいのある方
など、社会的な少数者や中心的な立場にいる人に比べて周辺に置かれている人、疎外された立場にある方がその被害を受けます。この原稿を書いている私は日本人の男性です。他の要素を度外視して大ざっぱな言い方をしますと、私のような立場の場合は被害を受けるよりも与えることが多くなると言えます。
●心身への有害な影響
マイクロアグレッションは一つ一つは小さなことと思うかもしれません。
しかしマイクロアグレッションは、学校でもお店でもテレビを見ても友達としゃべっていても…。日々の中で何度も何度も繰り返し受けてしまうことが特徴です。その結果、心身に有害な影響を与えることが分かっています。
・繰り返し、累積していくことで傷つき、混乱・消耗させる。
・自信や気力の低下、抑うつ、不安、不眠など心身への悪影響
・自分の持っている本来の力が発揮できなくなる
こうした絶え間のなさ、繰り返しによる被害の深刻さは、マイクロアグレッションを受けることの少ない立場の人からは見えにくく、1回だけの出来事を切り取って「大したことない」「気にしすぎ」と誤った評価をされてしまうこともあるので注意が必要です。
●社会への影響
次に社会への影響を見てみましょう。これはヘイト(憎悪)のピラミッドと呼ばれるものです。差別の行き着く最悪の形は特定の人種を虐殺するような行為(ジェノサイド)です。しかしジェノサイドがいきなり起こるわけではありません。2段目の社会的属性を理由とした暴力行為や、3段目の特定の人種を排除するような差別行為が放置されていくことで人々の意識に歯止めがかからなくなっていくということを示しています。さらにその土台にはマイクロアグレッションのような先入観や偏見に基づく言動があります。マイクロアグレッションは目の前のその人を傷つけるだけでなく、放置されることで、より深刻な差別や暴力の土台となっていくということを理解してほしいと思います。
●最後に
「差別」と聞くと特定の人種・民族、女性などを中傷したり暴言を吐くといった露骨な差別を想像するかもしれません。そして「差別は良くないけど自分にはあまり関係ない」と思っていらっしゃる方も多いと思います。しかしマイクロアグレッションは私たちの何気ない言動の中にたくさんの偏見や差別が含まれていて、それがときには人を傷つけてしまうということを示しています。
でも私たちは普段から「自分は相手に対して偏見を持っている」と思って生きていませんよね? 「私は相手の事をちゃんと理解しているつもりだ」そう思って職場で、学校で、家庭で、友人や同僚、パートナーと接しています。しかしその「ちゃんとした理解」はどこからきているのでしょうか? マクロな制度や政治、文化やメディア、小さいころからの教育…。私たちはさまざまな影響を受ける存在であり、その結果、マイク
ロな日常の言動が形づくられています。「自分には偏見がある」と気づくことが最初の一歩となります。
偏見があることを恥ずかしがる必要はありません。大事なことは自分の偏見に気づき、他者との関わりに生かしていくことです。マイクロアグレッションという概念を通して自分自身の言動を考えることで、自らの偏見に気づき、他者の置かれている状況を理解していく、そんな風にこの概念を活用していければよいと考えています。

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