「食料危機」ショックドクトリンに気をつけよう
平賀 緑(京都橘大学 経済学部 准教授
食料品の値上げラッシュが続いている。その一覧を見ると、パンや菓子、ハムやソーセージ、冷凍食品などの加工食品。食用油、マヨネーズなど調味料。そしてファストフードなど外食に値上げが多いらしい。これを見て他人事のように感じてもらえたら、さすが、よつ葉グループの皆さんだと拍手を贈りたい。
顔が見える生産者さんから、そのとき畑で採れる野菜セットを中心におすそ分けいただいている人にとっては、スーパーでほとんど買いものしないし、値上げ食料品として一覧されている加工食品を普段から買っていないため、値上げの影響は少ないだろう。そして、主に有機農業など地域の循環のなかで農を営む生産者さんも、輸入資材の価格が高騰してもそれほど影響なかったのではないだろうか。もちろん、電気や燃料、輸送費などの高騰では影響を受けているだろうし、単純化してしまって申し訳ない部分もあるが、対比のためとご了承いただきたい。
●「食料危機」の正体を見極める
日本でも、食べられなくて困っている人は確実にいる。食料配布をすると長蛇の列ができ、手持ちのお金が数百円になった人たちがSOSで駆け込んで来ている。とくに女性たちや外国ルーツの人たちが、本当に追い詰められているとの話を聞く。そのため、2020年から始められた「新型コロナ災害緊急アクション」が今も続けられている 。
海外ニュースを見ても、食べられなくて困っている人は確実にいる。欧米など「先進国」でも燃料や食料の値上げラッシュが続き、限られた予算から加工食品やファストフードを購入していた、多くは都市部の消費者たちが困っている様子が報道されている。アフリカや中東の諸国では、小麦を中心に食料価格が高騰して問題になっている。国連世界食糧計画(WFP)が2022年を「前例のない飢餓の年」と警鐘をならすほど、飢餓は悪化している。
この問題が戦争のせいだという言説が強い。ロシアとウクライナは世界の小麦輸出量の約3割、トウモロコシ輸出量の約2割を占めていたのに、戦争によって黒海からの輸送が滞り、そのため小麦や化学肥料の価格が高騰したという。ロシアは食料を「武器」にしている、ケシカランと、声高に批判されている。
戦闘は即止めて欲しい。困っている人々の支援も必要だ。ただ、「食料危機」に便乗したショックドクトリンに気をつけて欲しい。
少し立ち止まってニュースの行間を深掘りしてみると、まず日本でもアフリカや中東諸国でも、「食べられない」のは食料が物理的にないことより、値段が高くなって買えないことが多い。問題は食料不足より、食料価格の高騰であり、それに見合う賃金が得られていない、つまり貧困や格差に根本的な問題がある。特に新鮮な食材を買いに行けない、低賃金のため長時間働いて料理する時間も余裕もない、だから加工食品や外食などに頼らざるをえない、多くは都市部の低所得者層が追い詰められている(これを食の格差という)。
小麦の価格高騰についても、黒海からの輸送が止められ、だから需要に見合う供給量が確保できなくて価格が上がったと説明される。経済学の基本、需要と供給の法則というわけだ。でも実際の小麦価格の変動(図)を見てもらうと、2月下旬の開戦直後から価格が急騰していることが分かる。まだ店頭や倉庫に小麦が残っていたであろうときに、すでに小麦の価格は急騰している。
実は過去20年間ほど、小麦の生産量も在庫量も安定していたときに、小麦の価格は上下大きく変動してきた。世界中の小麦価格に影響を与えるシカゴ商品取引所で取引しているプレーヤーの多くは、農家でもなく、食品関係業者でもなく、ただ価格の上がり下がりによって、その「利ざや」によって儲けようという、マネーゲームに興じる人たちだ。もはや人間よりも、最近ではAIやアルゴリズムたちがその人工頭脳を駆使して膨大な取引を展開し、小麦の価格を大きく動かしているという 。
なぜ、生命の糧である食料が金儲けのための金融商品になってしまったか。食と資本主義の歴史については、長くなるため拙著ジュニア新書を参照いただきたい。
●システムチェンジの方向を間違わないように
現在の農業・食料システムに構造的な問題があることは以前から指摘されていた。でも、2007~2008年の食料価格高騰の後にもあまり改善されていなかったところに、気候危機とパンデミックと、それらによる経済危機と、その最後にロシア・ウクライナ戦争が追い打ちを掛け、今世界は危機に面してる。
危機は転機でもあるため、良い方にも悪い方にも動かせる可能性がある。気をつけていないと、「食料危機」「食料安全保障」というかけ声の下に、さらなる農業の近代化・大規模化が推し進められ、規制緩和や貿易自由化が推し進められ、企業が利権を握る技術開発に投資や税金がつぎ込まれ、食と農がますますマネーゲームに巻き込まれる恐れがある。
そもそも世界人口の多くを実際に養っていたのは、小規模生産者や女性たちが、地域や家族のために育てたり採集したりする、小農による食料ネットワーク(the peasant food web)だった 。とくに農村では、家庭菜園を含む小規模な生産や、近所や親戚でおすそ分けしあう食材や、周囲の山川から採集してくる食料などが、実際の食の多くを賄っていることは、今でも実感ある話だろう。
人と人とのつながりや人と自然とのつながりで養う、地域に根ざした食と農のネットワークと、それを支えるための地域に根ざした自治と経済とを再構築することこそが、本当の食料保障を強化する道だと願っている。
(注1)詳しくは、反貧困ネットワークサイトhttps://hanhinkonnetwork.org/ 参照
(注2)惨事便乗型資本主義=大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革」
(注3)現在の工業的な農業・食料システムの問題やその脆弱性、農地や食料が金融商品となる「金融化」については多数の英語文献があるが、例えば、GRAIN "Lurching from food crisis to food crisis", 2022年7月
https://grain.org/en/article/6862-lurching-from-food-crisis-to-food-crisis
(注4)詳しくは、ETCグループからの各種レポートを参照。
https://www.etcgroup.org