甲状腺がんと憲法9条
木本さゆり(関東子ども健康調査支援基金)
今年1月沈黙を破り、「甲状腺がん」になった福島の若者6人が「原発事故による放射線被ばくの影響でがんになった」として、東京電力を提訴しました。福島原発事故を巡って、「甲状腺がん」になった患者本人が裁判を起こすのは初めてのことです。この事態に対しては激しいバッシングも起きています。これはいったいどういうことなのでしょう。
私は2013年秋に立ち上がった市民団体「関東子ども健康調査支援基金」で、関東汚染地域(栃木・茨城・千葉・埼玉・神奈川・東京)の子どもたちの甲状腺検査をしてきました。母親として、検診スタッフとして、団体事務局として福島の状況、国の姿勢を見つめてきた立場から「甲状腺がん」を巡る状況と「憲法9条」について考えてみたいと思います。
●福島原発事故から11年。
100万人に1人~2人しか発症しない希少な「小児甲状腺がん」。1986年に起きたチェルノブイリ原発事故後、この希少な病気が子どもたちに急増したため、「放射線被曝による健康影響」として国際的に唯一認められた疾病(しっぺい)です。福島県は2011年の原発事故後、事故当時18歳以下だった38万人を対象に甲状腺検査を行い、現在までに約300人(注1)の「甲状腺がん」の方が見つかっています。
しかし国と福島県は、「放射線の影響とは考えにくい」という姿勢です(2016年3月検討委員会「中間とりまとめ」より)。世論の関心も薄れてきた最近は、脱炭素のためと銘打って「原発再稼働」が堂々とエネルギー政策に掲げられるようになってきました。
●「311子ども甲状腺がん裁判」が始まる
そんな中、今年1月27日、福島県の若者6人(事故当時6歳~17歳➡現在17歳~28歳)が、「原発事故による放射線被曝の影響でがんになった」として、総額6億1600万円の損害賠償を求めて東京電力を提訴しました。まさに青天のへきれきでした。差別や偏見を恐れて顔も名前も伏せていますが、大変な勇気の要ることだったと思います。私が所属する「関東子ども健康調査支援基金」は支援団体になり、彼らを応援しています。
5月26日には東京地裁で第1回目の口頭弁論が行われ、原告の20 代の⼥性が16分間の意⾒陳述をしました。「中学3年の卒業式の⽇に震災が起き、福島原発事故に遭遇。⾼校⽣の時に受けた精密検査で『⼿術を受けなければ23歳まで⽣きられない』と甲状腺がんを宣告され、甲状腺の⽚側を切除。その後、再発して甲状腺のもう⽚側も切除(全摘)した。肺転移の病巣を治療するため過酷な放射線治療(RAI)もしたがよくならず、⼤学を中退。⼈⽣の『夢』のための勉強を諦めざるをえなかった。本当は病気を治して⼤学を卒業したかった。自分の病気のせいで家族に心配や迷惑をかけてきたことが申し訳ない。でももう元の⾝体には戻れない。せめて、この裁判で甲状腺がん患者に対する補償を実現して欲しい」(注2)。
私は初めて甲状腺がん罹患者(りかんしゃ)の実情と胸の内を知り衝撃を受けました。しかし、社会的にも大きく取り上げられるべきこの陳述は、翌⽇ほとんど新聞報道されませんでした。前の週に裁判を取り上げた「TBS報道特集」が激しいバッシングを受けたことが影響していると思いました。
●元首相5人が「EUタクソノミー」に送った書簡への猛批判
提訴と同じ1/27、5人の元首相(小泉純一郎氏、細川護熙氏、菅直人氏、鳩山由紀夫氏、村山富市氏)は、EU(欧州委員会)に対して、気候変動対策などへの投資を促進するための「EUタクソノミー」(注3)から原発を除外するよう書簡を送りました。本論ではなく「甲状腺がん」に触れた一文に対し、福島県の内堀雅雄知事や岸田文雄首相が、“風評被害を招きかねない”、“客観的事実に基づいてもらいたい”と猛批判しました。300人もの「甲状腺がん」罹患者がいる事実を否定するのはなぜでしょう。原発再稼働の妨げになるから、としか思えない発言でした。
●「甲状腺がん」と「憲法9条」
関東の私たち市民による検診は、のべ10,000人以上が受診し、2人の方の甲状腺がんが分かっています。もし関東で被曝の影響が現れるとしたら、福島よりも後になると考えられます。ですから今後も検診を続けていきたいと思っています。
私は、「子どもたちの命、健康、未来を守りたい」という思いで甲状腺検査を始めました。ですから、この検診活動は「原発・核戦力・戦争」の対極にあります。ロシア軍によるウクライナ侵攻から、はっきり分かったことはどんな大義名分をうたおうとも戦争は「殺し合い」で、犠牲になるのは市民だということでした。「平和のための戦争」など、ばかげています。チェルノブイリ原発やザポリージャ原発を一時占拠した時の恐怖は「原発を並べて自衛戦争などできないこと」を現実に示していました。それなのに今、世界中が「防衛費」を増やして「軍備増強を」とか、「核シェアリング・核戦力(抑止力)を持たなくては」と、おかしな方向に向かっています。そして、公言こそされませんが、核戦力を持つためには、その燃料となるプルトニウムをつくる原発が必要になります。核を使える状態にするためには「憲法9条」の壊変が必要でしょう。「甲状腺がんの否定」と「原発再稼働」と「憲法9条改正」はひと続きになっているのではないでしょうか。私は検診をしながら、「平和」をどうつくっていくか問われていると感じています。
(注1)福島県の検査で甲状腺がんと診断されたのは、2021年9月までに273人、その内227人が手術を受け、226人ががんと確定しています。その他にがん登録などから分かった27人を含めると、約300人もの罹患者がいることが分かっています。
(注2)陳述の全文は「311子ども甲状腺がん裁判支援ネットワーク」HP(下記QRコード)
https://www.311support.net/post/

(注3)地球環境にとって企業の経済活動が持続可能であるかを判断するEUの取り組み。気候変動の緩和など6つの環境目的を定義し、1つ以上の環境目的に貢献することをサステナブルな経済活動の要件とした。

(写真:2022年5月26日朝日新聞デジタルより)

甲状腺がん検診(関東子ども健康調査支援基金)