(編集部)
土地復帰50年を迎えて
基地の島から平和を訴える
敗戦後アメリカの統治下にあった沖縄の施政権が返還され今年で50年。「本土復帰」という言葉とは裏腹に、現在でも国内にある米軍基地の7割以上が沖縄に存在し、市民の意思を無視するかたちで名護市辺野古への基地建設が進められるなど、構造的な差別が沖縄の人たちを苦しめ続けています。折しもロシアのウクライナ侵攻が世界中の人々の耳目を集める現在、まずは自分たちの足元に横たわる矛盾について私たち一人ひとりが向き合うことが、平和な社会を実現するための第一歩ではないでしょうか。
「復帰」を問い直す年に
2022年5月15日、沖縄は本土復帰50年を迎えます。太平洋戦争が終わり、戦後27年間の米軍統治下を経て日本へと復帰を果たしたのが1972年5月15日のことでした。それから50年が経過したことになりますが、残念ながら沖縄は手放しでこの節目の年を歓迎するほどの状況にはありません。
沖縄の人々が心から望んだ本土復帰とは、日本国憲法の下で基本的人権が保障されることと、本土並みに基地負担が軽減され、基地のない平和な島の実現。しかし現実には、依然として国土の1%しかない沖縄に米軍専用施設の7割以上が集中しています。
沖縄本島では北部訓練場、キャンプシュワブ、嘉手納基地、普天間飛行場、那覇軍港など島全体にわたって米軍専用施設が残り、今もって名護市辺野古では県民が再三にわたって建設反対の民意を示しているのにもかかわらず新基地建設が進んでいます。
同時に米軍が関係する事故、事件も後を絶ちません。1959年石川氏(現うるま市)宮森小学校に米軍ジェット戦闘機が墜落し児童、住民ら220人余りが死傷、1995年米軍海兵隊員による少女暴行事件、2004年宜野湾市の沖縄国際大学敷地内に普天間基地所属の米軍大型ヘリが墜落炎上、2016年元米軍属の男による女性暴行殺人事件、同年名護市沿岸にオスプレイが不時着し大破、2017年普天間第二小学校に米軍ヘリの窓枠が落下。
直近では基地が原因とされる浄水場の水の有機フッ素化合物(P F A S=ピーファス)汚染問題さらには米軍だけでなく日本政府も中国への牽制、米軍追従の姿勢で南西諸島への自衛隊配備を強化し、沖縄の離島で軍事基地建設を進めています。
このように50年前に沖縄の人々が望んだ本当の意味での本土復帰は実現されることはなく、人権の保障は蔑ろにされ、基地の負担軽減ではなく、むしろ強化されていく方向にあります。なぜ今なお日常的に命や身の危険にさらされ、暮らしに不安を抱えなければならないのか。沖縄の人々にとっての今年は、むしろ本土復帰を問い直す、日本を問い直すという意味で節目の年になりそうです。
自立経済で未来を拓く
今、沖縄はこの基地問題だけでなく、全国一低い1人当たりの県民所得、全国の3倍近くある子供の貧困率(29.9%)、子どもが家事や家族の世話をするヤングケアラーの問題など、まだまだ克服すべき多くの社会問題を抱えています。それに加えてコロナ禍により1000万人を超えた観光客が7割も減り、経済的に大きなダメージを受けていますが、これらの問題を解決する大きな要因の一つが経済であり、自立経済をどう構築するかだと思っています。
戦後は基地経済、復帰前後は財政支援(公共事業)、近年では沖縄の地理的優位性、歴史的魅力を生かした観光を基幹産業として官民あげて推進してきましたが、いまだ観光さえも依存型経済であり、外的要因に影響を受けやすい非常に脆弱な経済構造と言わざるを得ない状況になっています。合わせて沖縄経済の実態はザル経済、その利益や恩恵のほとんどは地元のザルから漏れて、県外資本に還元されるのがほとんどでした。自立経済を構築できていないことこそが、多くの課題の根源の一つになっています。
そこでわれわれがこのタイミングで原点回帰として見直したことは、基地、財政に頼らない、観光だけに偏らない経済の仕組みをつくる、地域資源を生かしたモノづくりで自立経済を目指す、これこそが沖縄の新しい未来を創造するという戦略です。特別に新しい戦略なのかといえばそうではないのですが、やはり本土復帰50年という節目で向かうべき方向性をしっかり確認しておくことが大事だと感じています。
軍事力よりも対話と協調を
もう一つ大事なことを思っています。ロシアによるウクライナへの侵攻のこと。77年前、凄惨な地上戦で無差別に住民が被害を被った沖縄戦の記憶と重なり、ウクライナの現地報道に心が痛みます。
沖縄戦では軍民合わせて20万人余りの命が失われました。そのなかで一番多くの犠牲者を出したのは民間人です。その経験から沖縄はあらゆる暴力を否定しますし、軍事力が抑止力にならないことを訴えます。どうか今すぐ戦争を辞めてください。合わせてE UにおけるN A T Oの存在とロシアの関係性、それに近い緊張の中国と台湾・米軍の構図がアジアにもあることを沖縄の人は憂えています。米軍基地、南西諸島への自衛隊配備強化は抑止力とはならずにむしろ標的にする理由にしかなりません。軍事力を競うことではなく、お互いがなくてはならない経済パートナーとしての関係性を構築し、対話や協調で地域の平和を、世界の平和を構築する他はないと思っています。
沖縄は本土復帰50年の節目に、地理的、歴史的、文化的な経験、視点、立ち位置を生かして日本に、そして世界に恒久平和を発信する一年とすることも大きな役割の一つとしたいと思っています。
平和の礎。沖縄戦で亡くなったすべての人々の氏名を刻んだ記念碑。世界の恒久平和を祈念して建立
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