2020年、農や食にまつわる気になる動きを振り返る
山口 協 (地域・アソシエーション研究所代表)
●コロナ禍の1年
本欄の原稿を書く際、「さて、何があったっけ?」と振り返るのが常ですが、今年はその必要もありませんでした。まさに、コロナに始まりコロナに終わる1年と言ってもいいでしょう。
1月中旬に国内で初感染が確認され、2月には豪華客船での集団感染が発生しますが、当時はいまだ「対岸の火事」でした。世間の空気が変わったのは2月末。経路不明な市中感染が増え、政府は唐突に全国の小中高校に対して一斉休校の要請を行います。4月に入ると、各都道府県に緊急事態宣言が行われ、およそ1カ月にわたって経済活動・社会活動の「自粛」が要請されました。
それまでの日常が否応なく遮断され、人と人との関係を全面的に見直さざるを得ない未曾有の事態に、私も含め多くの人々が混乱を来しました。在宅が奨励される一方、感染の危険に身をさらしながら働く人々によって私たちの生活が維持されていると気づかされたのも、このころです。
多くの犠牲を払った結果、感染状況は5月末にいったん落ち着きを取り戻しました。しかし、それによって経済活動・社会活動が復旧し対人関係が活発になるや、再び感染が拡大します。7~8月の再流行を経て、11月に入って、またぞろ流行がぶり返したようです。
3月ごろに比べれば、何となくコロナとのつきあい方が分かってきたような気もしますが、事態収束の見通しもないまま年が暮れていくのは、何ともやりきれません。
●パンデミックはなぜ起きる
今回のコロナ禍、新型コロナウイルスがもたらしたことは間違いありません。ウイルスは人間の細胞に侵入し、細胞中のタンパク質などを使って自らの遺伝子を複製し増殖します。増殖したウイルスは次から次へと新たな細胞に侵入し、細胞を壊しながらさらに増殖を繰り返します。こうして破壊された細胞が一定の数以上になると、咳や発熱などの症状が引き起こされます。
ただし、ウイルスは単なる「敵」ではありません。人類のはるか昔から自然界に存在する先輩です。生物は感染したウイルスの遺伝子を自らの遺伝子に取り込むことで遺伝情報を多様にし、進化を促進してきたと言われます。実際、人類は時にウイルスと闘い、時に折り合いをつけながら、これまで生き延びてきました。
ウイルスは単独では生きられないため、「宿主」と呼ばれる野生動物との間に長い年月をかけて共生関係を築いています。そうした野生動物と接触しない限り、そう簡単に人間に感染することはありません。にもかかわらず、20世紀後半から新型のウイルス感染症が頻発しています。その原因の一つは、人間と野生動物、人間と自然との関係の変化にあると言えそうです。
たとえば、新型のウイルス感染症が中国で多発している背景には、ここ数十年の間に世界の工場と言われる経済発展を実現したことを見ておく必要があります。莫大な労働力が内陸の農村から都市に移動したことで、急速に都市化が進展しました。また、生産網や交通網の発達、自然開発や資源収奪の激化など、人間による生態系への介入も進みました。その規模と速度は、これまでの人類の経験をはるかに上回るものと見ることができます。
もちろん、これは中国だけの責任ではありません。経済がグローバル化する中で、日本も世界も生産拠点として市場として、経済成長する中国に期待をかけてきました。今回の新型コロナウイルスは武漢が発生元とされていますが、武漢が世界の自動車産業の一大拠点であるからこそ、ウイルスはグローバルな人の流れに伴って世界中に伝播したのです。
つまり、ウイルスによる感染症そのものは自然現象ですが、それは直ちにパンデミック(世界的な大流行)となるわけではありません。止めどなきグローバル化、人口過密な都市、生態系への介入など、パンデミックを方向付けるのは、むしろ私たちの社会のあり方だと言えます。
●工業的な農業・畜産の影響
加えて懸念されるのが、工業的な農業・畜産の影響です。たしかに農業・畜産自体にも生態系への介入という側面がありますが、長期間にわたる試行錯誤を経て持続可能な営みが確立されてきたのも事実です。
ところが、20世紀の後半期から、膨大な資源とエネルギーを投入する大規模で工業的な農業・畜産が拡大していきます。大規模な圃場や畜舎のためには相応の土地が必要ですが、先進国では確保が困難です。そこで、途上国の原生林が標的とされます。森林が伐採され、山が切り拓かれることで生態系が攪乱され、潜んでいたウイルスが姿を現すきっかけになります。
また、工業化された農業や畜産は、生産性を上げるために単一品種を大量に栽培・育成することが求められます。しかし、遺伝子的に多様性が少なければ少ないほど、ウイルスなどの病原体に対しては脆弱にならざるを得ません。植物ならば病気が発生しても作物が被害を受けるだけで済みますが、動物の場合には病原体が人間に感染することもあります。
実際、かつて鳥インフルエンザのウイルスは人間には感染しないとされてきましたが、2000年代初頭にアジア地域で発生したH5N1亜型の流行では家禽への感染とともに人間への感染も確認されています(人間同士の感染は未確認)。
とくに、今日の養鶏は過密な状態でケージに閉じこめられ、満足な運動もできずに配合飼料を与えられ続けるなど、本来の生育環境とは異なった不自然な状態が一般的です。生物本来の免疫機能は大きく阻害され、ますます病原体が蔓延する条件が揃っていると言えます。
●求められる「新しい社会様式」
パンデミックを受け、厚生労働省は感染拡大を防ぐために「新しい生活様式」と称する行動指針を公表しました。その中身は、対人距離の確保、マスクの着用、手洗いなどとされています。
しかし、これはあくまで対症療法に過ぎません。ウイルスの根絶など不可能だとしても、できる限り新たなウイルスの発生を食い止めなければなりません。では、そのためには何が必要でしょうか。私たちの社会のあり方がパンデミックを方向付けているとすれば、これまでとは違った社会のあり方を展望し、実現することがカギになるように思います。いわば「新しい社会様式」です。
試みに、止めどなきグローバル化、人口過密な都市、生態系への介入といった現代社会の特徴を反転させて見ましょう。すると、ローカルな価値の見直し、分散型生活圏の形成、生態系に則した生産・消費――などが浮かび上がってきます。こうした「新しい社会様式」こそ、コロナ禍以後の時代にふさわしいものだと思います。
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