コロナ後の未来の食と農を考える
~世界の食料問題について知ってほしいこと~
松平尚也 (農家ジャーナリスト)
国連は7月、新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)による貧困の増加でこれまでの飢餓人口約8億人に加えて、今年末までにさらに2.7億人が新たに飢餓に直面すると警告しました。影響は中南米やアフリカで最も深刻で、失業により極貧状態に陥り食料不安に直面する人々が倍増しているということです。
新型コロナのパンデミック(世界的流行)は貧困のパンデミックでもあり、貧困下で生きる人々がウイルスと経済危機の影響を理不尽にも受けています。このまま国際社会が対策を取らなければ年末まで毎日1万2000人が飢餓で亡くなる試算になります。
新型コロナの最も検討すべき課題は、社会的弱者への影響です。なかでも世界の就業者の約6割に当たる約20億人がインフォーマル(非公式)経済で生計を立てるなかで、食料確保のために重要な役割を果たしてきた小さな市場が閉鎖され、さらなる食料不安と貧困を生むことが懸念されています。
では具体的にどのような影響が出ているのでしょうか? 以下3点にまとめてみます。
①子どもの食への影響:学校休校による子どもの食への影響が広がっている。世界の貧困層の飢餓が増え、給食が食べられない3.7億人の子どもたちの栄養と健康に、深刻な影響が及んでいる。
②市場閉鎖、屋台禁止:ローカルな食料マーケット閉鎖に加えて、いくつかの国々ではインフォーマル市場と露天・屋台での商品販売が違法化され、小規模農家や貧困家庭の収入減少を引き起こしている。
③食料生産と収穫:欧米では外国人労働者に農業労働を依存してきたため、新型コロナの影響で収穫に支障をきたし食料の安定生産ができなくなってきている。
●世界の食料問題が深刻化する原因
新型コロナ禍においては、各国で制限措置が取られる中で、食料が生産地にあっても食卓まで届かない事態が世界中で発生しました。そうした事態や上述の貧困増加の主な原因として指摘されるのがグローバルな食農システム自体がもつ矛盾です。新型コロナウイルスは新しいものですが、食料問題は新しいものではなく、(新型コロナが)以前から存在する不平等を拡大させています。
ではなぜ世界の食料問題や不平等は拡大しているでしょうか? 以下に2つの大きな原因を紹介します。
①世界の食料格差:世界の富裕層が肉食などを通じて大量の穀物を消費する一方で、飢餓と対極にある肥満人口がこの50年で約3倍に跳ね上がり、成人の肥満人口は約6.7億人に上っている(2016年)。
②世界の食農システムの矛盾:世界では農業の工業化やグローバル化が起き、食料問題の根本原因と指摘される。なかでも資本主義的食料システムとも言われる農業・食料の資本主義化が問題視されている。農業現場におけるそのシステムの問題を紹介すると、世界で約15億の生産者が食料生産を担う一方で、農薬の約8割と化学肥料の約3割が上位10社に、種子の約7割が上位5社により寡占され、多国籍企業により担われグローバルなシステムを形成している。新型コロナにより影響を受けたのはこの資本主義的食料システムといえる。
●日本の責任と影響
新型コロナの影響は日本にも及んでいます。私も一人の農民としてこれまで当たり前に購入できた一部の農業資材がホームセンターや農協から突然姿を消し、その影響を目の当たりにしました。
国連は、日本が食料を大量に輸入する北米などでも物流が途絶えれば生産が停止すると警告します。世界ではこの数十年で食料貿易が拡大し、今や生産された4分の1が国境を越える時代となりましたが、食料の加工や流通、そして小売業においても多国籍企業による寡占的状況が広まっており、新型コロナ禍ではその脆弱さが露呈しました。
この脆弱な食農システムに依存している国の一つが日本です。日本は世界の食料貿易量の約1割を輸入しています。世界で食料不安が囁かれるなかで、日本の市民社会では国際的責任を自ら問い直し、食料輸入への依存を転換する道を探る必要があるといえます。
●ポストコロナ社会への胎動
新型コロナを契機に欧米では、食農システムや大規模流通が見直され、ファーマーズマーケットやCSA(地域支援型農業)という有機農産物を通じた産地と消費者のより近い関係性が注目されています。欧州では、農業を支えてきた移民労働者が国境封鎖で入国できず農業の生産力が低下したことで、食料安全保障について活発に議論されるようになりました。また欧米以外でもシステム見直しが進み、国連が持続可能な食農システムの担い手として再評価する小農や家族農業に注目する動きが生まれています。
日本でも自粛や学校休校の影響による食料廃棄や農民の収入減少が起こっています。野菜産地などでは、基幹労働力であった技能実習生が来日できず、労働力不足が表面化し、今後の作付けや収穫が課題となっています。しかし日本の農政においては、新型コロナを契機とした政策転換の動きはほとんど見られない状況です。
いま必要なのは、新型コロナ以降の未来の持続的な食料と農業の検討です。そこではアベコベ農政と呼ばれる安倍官邸が進めてきた競争原理、食料の海外依存ではなく、地域農業を守ってきた小農や家族農業に注目し、未来の農業と食料を考えていくことが求められているといえるのです。
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