気候変動が突きつける大分岐の時代に
斎藤幸平 (大阪市立大学)
いま、世間の話題はコロナ禍一色である。未知のウイルスが世界中を襲っているのだから当然だろう。だが、その裏に完全に隠れてしまった、もう一つの危機がある。そう、気候危機である。
つい数カ月前までは、オーストラリアの史上最大規模の山火事が大きなニュースになっていた。痛ましいコアラの姿に胸を締め付けられるような思いをした人も多いのではないだろうか。
オーストラリアだけではない。アマゾンも、カリフォルニアも、アラスカも世界中で火事が多発している。ヨーロッパでは熱波が襲い、日本には毎年のようにスーパー台風がやってくるようになってしまった。これらはすべて気候変動が影響していると言われている。産業革命前(約250年前)と比較して、約1.0度の気温上昇がこのような深刻な変化を引き起こしているというのである。
●この10年が「未来への大分岐」
いきなり、産業革命まで話が遡ると、数百年スパンの人類の活動が、徐々に蓄積して、このような変化をもたらしたように思われるかもしれない。ところが、実態は必ずしもそうではない。
よく知られているように、気候変動には二酸化炭素が大きな影響を与えているが、それは石油や石炭といった化石燃料の消費から排出されている。そして、人類がこれまで燃焼した化石燃料のうち、約半分がわずかこの30年間で消費されているのである。
つまり、今起きている気候変動には、この間わずか数十年の社会のあり方がとても大きな影響を与えているのである。それゆえ、このままの二酸化炭素の排出が続くなら、2030年には、1.5度を超えてしまう。多くの科学者たちが、それ以上越えると本当に危険だと警告している値を今後十年で超えてしまうのである。
そうなれば、干ばつ、熱波、豪雨などで食糧危機や洪水、疫病の蔓延といったさまざまな深刻な問題が生じることになる。南極の氷が溶けて、海面上昇が進行すれば、今後数億人規模の移住を迫られる環境難民が発生すると言われている。そんなことが起きれば、人類が直面したことのない破局をもたらすことになるだろう。
そうした事態を回避しようとして、もしこの1.5度を超えないようにしようとするなら、今後10年間で二酸化炭素の排出量を半減させ、2050年までに実質ゼロにしないといけないと言われている。もちろん、普通にしていたら、10年などあっという間で、ここで求められているような大転換を実行することはできない。もし、気候変動を防ごうとするなら、この30年間で二酸化炭素を大量に排出するようになった社会のあり方を抜本的に変えなくてはいけないのである。この10年の振る舞いが、将来を大きく変えてしまう「未来への大分岐」なのである。
●気候変動問題には不正義が存在する
実は、この30年前には、人類が気候変動を引き起こしており、国際的な対策が必要であるという警告が、すでにアメリカNASAの研究者ジェームズ・ハンセンによってなされていた。
ところが、この警告はタイミングが悪かった。ソ連が崩壊し、アメリカが勝利したのである。その結果、世界はアメリカ型の経済成長モデルに取り込まれていくことになる。いわゆる、新自由主義が世界を席巻することになったのである。
こうして、規制緩和、自由貿易、大企業や富裕層の減税が推し進められていった。より遠くに、より早く、より多くを輸送し、生産し、販売し、消費する世界が生み出されてきたのである。当然、大量の化石燃料を使って。
もちろん、今この瞬間のことだけを考えるなら、このままの生活を続けたいと誰もが思うだろう。フランスのワイン、ドイツのSUV、イタリアの服、海外旅行、どれも手放したくない。けれども、そのような浪費的生活を続けるなら、これからの世代は毎年のように熱波とスーパー台風と食料不足に苦しめられる生活を強いられることになる。
それどころか、これは未来の話ではない。今もすでに、アフリカやインドでは気候変動の影響で、干ばつや熱波が酷くなり、農業にも深刻な影響を及ぼしている。ここでの問題は、二酸化炭素をほとんど排出していない開発途上国ほど、気候変動に適応するための資本や技術がないために、その影響をより大きく受けてしまうということである。
それに対して、二酸化炭素をたくさん排出している先進国の富裕層は、いろいろな方法で、気候変動に適応して、これまで通りの快適な生活を続けると同時に、新しいビジネスチャンスを見出すことができる。ここには、不正義が存在する。それを是正するために、先進国には、賠償や技術援助をする責任があるはずである。それが気候正義の考えである。
●資本主義システムそのものの変革を
この気候正義を実現するためには、レジ袋をやめたり、マイボトルをもったりするだけでは全然足りない。もしそれで自分が環境のためになにかをやっていると思ってしまって、それ以上のアクションを起こそうとしないのであれば、それは悪影響ですらある。いわゆる「グリーンウォッシュ(うわべだけ環境に配慮しているかのように見せること・編集部注)」になってしまう。
今、求められているのは、もっと抜本的なシステムの変革である。それは、電力システムを石炭火力から再生可能エネルギーに変えることや、交通システムにもっと公共交通機関を拡充することを含むだろう。けれども、もっとも重要なのは、利潤を追い求め、経済成長を第一にして、この地球全体を単なるビジネスの道具としてしか扱わない、この資本主義システムそのものを大きく変更することである。
広告、マーケティング、パッケージングに大量の資源を使って、人々の欲求を駆り立て、無限の消費を強いるこの経済システムを変えなくてはいけない。私たちはいつも何かが足りないと思って、新しいものを買うために労働することを迫られ、環境を破壊している。
そのような悪循環を断ち切り、本当に必要なものを、持続可能な方法で生産し、地域の雇用や自然を守るような新しい相互扶助の経済を作り出すことが、今こそ求められている。時間は少なくなりつつあるが、チャンスはまだある。にもかかわらず、今何もしなければ、将来、子供たちに「なぜあの時ならまだ気候変動を止められたのに、何もしなかったの?」と聞かれて、私たちは激しく後悔することになるだろう。
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