フェアトレードの成果と限界 ─ルカニ村の「キリマンジャロ」を飲んでいただく意義─
辻村 英之
(京都大学農学研究科・農業食料組織経営学、ルカニ村・フェアトレード・プロジェクト)
●フェアトレードの「生産者・産地を支援できる」品質
私たちは毎日、「1杯のコーヒー」の香味を楽しんでいる。ところがフェアトレードコーヒーにはさらに、生産者・産地を支援できる楽しみがある。そしてこの「生産者・産地を支援できる」フェアトレードの品質は、「①生産者の一定の利益(→生活水準)が実現する最低(輸出)価格の保障」と「②産地の社会開発経費になるフェアトレード・プレミアム(還元金)の支払」から生じるのである。このフェアトレードの品質をそなえたルカニ村の「キリマンジャロ」を、よつ葉の皆さんには2009年より、継続的に飲んでいただいている。
赤道付近(南緯3度)にありながら、万年雪をいただくアフリカ大陸最高峰・キリマンジャロ山(標高5,895メートル)。ルカニ村はその西斜面(標高1,500~1,700メートル)にある、山の住民・チャガ民族の1農村(世帯数355戸)である。
●「コーヒー危機」の影響
「1杯のコーヒー」も値段が変わるが、私たち消費者が気づかないほどの少額の変化である。一方でコーヒーの原料豆の価格は、たいへん激しく変動する。2010~11年度は「13年ぶりの高騰」で、1ポンド(約450グラム)当たり2ドルをこえた。しかし昨年度以降、「12年ぶりの暴落」で1ドルを下回ることが増えている。この価格の暴落はそのまま、生産者の生活水準の暴落となる。
特に2001~02年の「コーヒー危機」(史上最安値0.4ドルへの暴落)は深刻で、多くの若者たちが、利益を得られないコーヒー生産をあきらめて街へ出稼ぎに出てしまった。街での雇用に恵まれない若者たちは、森林の林木を過剰に伐採し、街の材木店に販売するようになった。同様の理由で、コーヒーからトウモロコシへの転作が急速に進んだが、下記のように日陰を不可欠とするコーヒー生産とは対照的に、トウモロコシは直射日光を求めるため、やはり森林破壊が促されてしまった。
●コーヒー産業復興と教育支援・森林保全
そこで2008年、ルカニ村・フェアトレード・プロジェクトを本格的に開始した。ルカニ村産フェアトレードコーヒーの「生産者・産地を支援できる」品質に対して、喜んで代金を支払ってくれる皆さんの買い支えのおかげで、ルカニ村のコーヒー産業は崩壊の危機から脱却できた。
村民たちはコーヒーを販売し、子どもたちの教育費を捻出する。フェアトレードの「①最低輸出価格の保障」(本プロジェクトにおいては1ポンド当たり1.71ドル)の成果として、十分な教育費を確保できる価格水準が保障され、村民たちはすぐに、コーヒー生産の意欲を取り戻した。まずは農協が、フェアトレードの「②還元金の支払」(本プロジェクトにおいては1ポンド当たり0.23ドル)を活用し、有機栽培可能な新品種のコーヒー苗木を、村民たちに安く提供しはじめた。最近はその苗木が、帰村した若者たちの新たな畑に植えられるようになり、価格暴落で半減したルカニ村のコーヒー収穫量は2018年、ついに元通りになった。
「②還元金支払」は、ルカニ中学の建設費(2割を負担)としても活用された。その後の日本の政府開発援助(草の根無償資金協力・958万円)による理科実験室の増築もあり、県政府から「躍進賞」を授与されるほどルカニ中学の成績が急上昇した。2015年に3名だった高校への進学者数が2016年に一気に15名となり、同年以降、ハイ県の公立中学の中で第1位の成績を収め続けている。
さらには、コーヒー産業の復興にともない、農協は上記の新品種の苗木とともに、シェイドツリー(庇陰樹)の苗木をも配布しはじめた。エチオピアの森林を原産地とするコーヒーの木は直射日光を嫌い、木陰なしには健全に育たないからである。森林破壊が止まったのはもちろん、シェイドツリー苗木の成長にともなって、森林が再生していく。
●フェアトレードの限界をこえて
ところが本年度のルカニ村においては、長雨による日照・気温不足が顕著になり、コーヒーは不作である。さらに悪いことに、日本での売上が伸びず、在庫解消のための1年間の輸入停止が検討されている。
日本の消費者に喜んでもらおうと、収穫量・品質の引き上げに努めてきたルカニ村民たち。しかしその努力は、本稿で説明した「生産者・産地支援」品質に対して高い代金を支払ってくれる、皆さんのような「消費者市民」なしには実を結ばない。このように、気候変動に対処できないこと、消費者の購買意識や購買力に大きく依存することが、フェアトレードの最大の限界だと言えよう。
毎年夏にコーヒー・スタディツアーを実施している。コーヒーの収穫量・品質や子どもたちの教育水準を引き上げる生産者たちの努力を、消費者の方々が自ら確認し、またその場で産消の交流が深まれば、「消費者市民」が自ずと増えていくと思う。またルカニ村産フェアトレードコーヒーの販売を担うキョーワズ珈琲も、対面販売による生産者・産地支援情報の消費者への伝達、チラシ作成・講演会などを通したフェアトレード普及の後押し、などの努力・工夫をしてくれている。フェアトレードの最低「価格」保証よりも、CSA(コミュニティが支える農業)の最低「所得」保障の方が望ましいかもしれない。
フェアトレードの限界をこえるための工夫について、よつ葉の皆さんの「消費者市民」としてのご意見をおうかがいしたい。
フェアトレード・プレミアムで完成したルカニ中学校
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