2019年、農や食にまつわる気になる動き
山口 協
(地域・アソシエーション研究所代表)
2019年も残り少なくなってきました。今年を振り返り、農や食にまつわる気になる動きについて考えたいと思います。
●「今だけ、金だけ、自分だけ」
この欄で、一昨年は規制改革や貿易の自由化が農業に与える影響について、昨年は自然災害や気候変動と農業との関係について触れてきました。残念ながら、事態は多少なりともマシになるどころか、むしろ悪化の一途をたどっています。
まず、昨年12月30日にはTPP(環太平洋連携協定)が発効しました。もとは米国を含む12カ国の枠組みで進められたものですが、ご存じのようにトランプ政権の発足に伴って米国が「永久離脱」を宣言したため、残りの11カ国で発効にこぎ着けました。その旗振り役となったのが、ほかならぬ日本の安倍首相です。
米国のような保護主義に対抗し、自由貿易を守るとの名目ですが、物品の関税引き下げはもとよりサービスや投資の自由化を進め、あらゆる面で地球規模の市場競争の渦に巻き込もうとするものです。農産物で言えば、牛肉と豚肉で大幅な関税引き下げが約束されました。
続いて、今年2月1日にはEU(欧州連合)とのEPA(経済連携協定)も発効しました。これも基本的な内容はTPPと変わりませんが、とくに乳製品などの品目ではTPPを上回る水準で関税の引き下げが行われています。
さらに、9月25日には日米首脳によって、両国間の実質的なFTA(自由貿易協定)に合意する共同声明が公表されました。やはり牛肉と豚肉で大幅な関税引き下げが約束されています。
日本政府は「TPP以上の関税引き下げを阻止した」などと、まるで成果を上げたかのように豪語していますが、実は自由貿易推進論者からも批判を受けています。米国から農産物でTPP以上の譲歩を要求されると思い込み、TPP水準の確保を最大の獲得目標とした結果、易々と米国にTPP並みの譲歩を許してしまったからです。
これら3つの協定が重なることで、まず予想されるのは畜産や酪農への深刻な打撃です。
また、これらの協定には多かれ少なかれ制度や規制など関税以外のハードル(非関税障壁)も含まれています。“貿易の自由化を阻むもの”と見なされれば、日本が独自に設けている食品の安全基準、添加物の規制なども変更しなければならない可能性があります。
いずれにしても、第一次産業の保護・育成や食の安全の確保といった国家が果たすべき役割を放棄し、グローバルな企業に売り渡すものと言わざるを得ません。
目先のことだけで将来は考えず、すべてを損得勘定でとらえ、他人や社会には目もくれない。こうした風潮を指して「今だけ、金だけ、自分だけ」と言われますが、まさに言い得て妙です。
●「流域圏」という考え方
昨年は西日本を中心に台風や豪雨に見舞われましたが、今年は東日本が大きな被害を受けました。グレタ・トゥーンベリさんの活躍で、世界的に気候変動や地球温暖化の問題がクローズアップされましたが、日本に住む私たちも、まさにその帰結を自ら体験させられたと言えます。
今回の台風19号は、極めて強い勢力のまま日本に上陸しました。それを支えたのが高い海水温です。当時の日本沿岸の海水温は平年より2度も高い27度だったそうです。高い海水温によって台風に水蒸気がどんどん供給され、台風は巨大なまま内陸に到達します。そんな巨大台風が内陸の山にぶつかることで大量の雨を一気に降らせ、大水害を招くわけです。
とすれば、地球温暖化に歯止めが加えられない限り、巨大な台風は今後も日本を襲い続けると考えられます。小手先の対策でどうこうできるほど、自然は甘くありません。
もっとも、台風の襲来が避けられないからといって、水害も避けられないわけではありません。ただし、そのためには発想の転換が必要です。
今回の台風でも、たとえば洪水を防ぐにはダムが有効だとか、スーパー堤防が必要だとか言われています。そうした防災工事の必要性を否定するわけではありませんが、それだけで河川の氾濫や土砂崩れを防げるわけではありません。降雨がどのような経路をたどって河川へ合流し、膨大な水量となっていくのか、そうした全体の構図を捉え損なったままでは、しょせん一時しのぎの弥縫策に終わる可能性が高いと言えます。
ここで求められるのは「流域圏」という考え方です。私たちの目の前に流れる河川は、源流をたどれば無数の支流に、さらには山々の尾根へとさかのぼります。山々に降った雨が谷筋から支流に集まり、そうした支流が何本も合流しながら平野を潤し、ついには海に注いでいきます。こうした全体の連関を捉える概念が「流域圏」です。
仮にいま目の前にある河川の流量が少なくても、山で集中豪雨があれば流量はあっという間に増えてしまいます。今回の台風でも、気がついたら川が氾濫していた、といった体験談は少なくありません。
さらに言えば、河川の流量は山林の状況や支流の数、地形や地質、水田の使われ方などによっても変わってきます。機械的に想定できるような、単純なものではありません。一部だけを取り上げて対策を講じても、別の部分でほころびが出てきます。
そこに「流域圏」という考え方を噛ませ、上流から下流まで一つの水系として捉えることで、トータルな対応が可能になると考えられるわけです。
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台風19号の被害を受けたりんご畑
(写真提供:長野県・ひらさわ農園)
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