知っておきたい農薬の話
八田純人
(農民連食品分析センター)
最近、食や農に関心のある人たちの間で話題になっている農薬があります。一つは殺虫剤のネオニコチノイド系農薬、もう一つは除草剤のグリホサートです。どちらも日本では広く普及し、農産物生産だけでなく、生活環境でも使用されている農薬ですが、海外では使用禁止が決められたり、制限を求める運動が高まっている国が出始めているものです。
●ネオニコチノイド系農薬のこと
ネオニコチノイド系農薬(以下、ネオニコ系農薬)は、人体や環境への影響が強いとされてきた有機リン系農薬などに代わるとして20年ほど前から普及が始まった殺虫剤です。低濃度でも虫に良く効き、人体には影響性が小さい、1度散布すれば長く効き、散布回数も労力も減らせる、そんな夢のような性能を備えた農薬としてデビューしてきました。生産者も自分が使う農薬に含まれているか、気づかないほどさまざまな製品に含まれています。もちろんゴキブリやアリの駆除剤や小バエ対策商品などとして家庭にも広く普及してきました。
そんなネオニコ系農薬について世界に衝撃が走ったのは、2018年4月にEUで決まった規制です。EUが、ネオニコ系農薬の3成分について屋外使用を禁止することに決めたのです。ネオニコ系農薬は、さまざまな研究でハチ類などの生態系に影響を与えていることが指摘されていました。EUでは、それらを踏まえて予防原則に基づき、規制することにしたのです。なにしろこの3成分は、日本も含め世界中で使用されているものでしたので、ネオニコ系農薬への評価の潮目を変えるものとなりました。特にここ数年間、日本では普及と基準値緩和などが進められていたのもあり、日本で暮らす消費者には、大きなギャップとして受け止められ、国産農産物への心配が向けられるようになりました。
私たちの施設で、市販農産物や玄米などを調べると、日本の農産物の多くからネオニコ系農薬が検出されることが確認できています。お米では、カメムシ防除に使われるジノテフランの検出が顕著に見られます。もちろん、これまでの調査では、残留基準値を超過するものは見つかっていません。またEUの基準を超過するものも多くはないことも見えてきています。ただ、日本のネオニコ系農薬の使用が多いことは確かのようです。
EUでの決定を背景に、ネオニコ系農薬の人体影響を問う研究も活発になっています。今年発表された北海道大学の動物実験では、お母さんが食べものから摂取したネオニコ系農薬は、胎盤を通り抜けて、胎児にも移行していることが示されました。7月に発表された獨協医科大学を中心とした研究では、新生児の尿を調べたところ、ネオニコ系農薬が検出される新生児の方が、出生体格が小さい傾向があることなどが報告されています。ネオニコ系農薬は、ニセの神経興奮物質として作用することで虫を殺します。この作用の仕組みは人間も持っていることから、神経が未発達の子どもへの影響なども心配されています。
●除草剤グリホサートのこと
グリホサートは、モンサント社が販売してきた除草剤に含まれる成分です。非選択性除草剤で、さまざまな植物を枯らす特徴を持ちます。世界で最も販売、使用されている除草剤の地位にあり、長らくメーカーの宣伝にあるとおり安全安心な農薬として流通してきましたが、国際がん研究機構により「おそらく発がん性がある(2A)」に分類されたことから、市民運動を中心に安全性を問う動きが強まっていきました。特に昨年、この農薬を使用したことで末期のがんになったとする男性が起こしたアメリカの裁判では、メーカーが、がんになる恐れについて明記するのを怠ったとして、85億円もの賠償命令が出され、注目を集めました。ほかにも、オーストリアでは2020年の全面禁止が、ドイツでは、2023年末までに家庭菜園や農地の境界線での使用禁止方針が決められたりと、動きが続いています。研究分野では、がんや発達障害、腸内細菌叢に影響している可能性を指摘する論文も発表されるようになってきました。
このグリホサートは、遺伝子組み換え作物とセットで使用されることから、私たちの施設では、それらを原料にする食品の検査に、皆さんから頂いた募金を利用して残留調査に取り組みました。その結果、確かにその傾向はありましたが、もっと身近な食品に残留していることが最近わかってきました。特に顕著な検出が認められたのは小麦製品でした。小麦粉やパンなど、輸入小麦を使用していると考えられる製品から、高い頻度で検出されます。学校給食パンからも検出されています。一方、国産小麦を使用する製品からは検出されません。
小麦から高い頻度で検出されるのは、海外では、収穫前にグリホサートを散布する「プレハーベスト処理」が行われているからです。収穫の邪魔になる雑草を枯らし、作業性や小麦の品質を向上させることができるとされています。日本の小麦生産では認められていない散布方法です。残留基準値が大幅緩和された背景もあり、違反にあたるような製品は今のところ見つかっていません。食品衛生法上、安全に食べられるものですが、気になる方は、国産小麦製品を選んだ方が良いでしょう。
●作る側・食べる側、協同の力で削減の努力を
2つの農薬について、市民を中心とした使用を制限する議論と具体的なアクションづくりが日本でも始まっています。しかし、この制限を生産者に丸投げするような運びかたでは達成は難しいでしょう。いまグローバル化の旗印の下、とにかく効率や経済性ばかり求められる農業の流れの中にあります。そこには一人では乗り越えがたいハードルが残されています。生産者と消費者が食べもののあるべき姿について共有し、生産すること、食べること、そしてそれをつなげる仕組みがどうあるべきかの原点について、この2つの農薬が作り出した潮流は私たちに示しているのだと思います。食は命を作るものですが、作る側にとっても食べる側にとっても、効率や経済性ばかりが推し進められる社会になってしまっては、いずれ人権や命をも効率や経済性で測る社会を作ることになるかもしれません。
農民連食品分析センター
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