
菜園生活のススメ
はた あきひろ
(園芸研究家・樹木医・NHKテレビ講師)
●我が家の自給率UPから始めよう
僕の毎日は、たいてい日の出とともに起き、庭や自給用の田畑で米や野菜の世話をした後、仕事を開始します。自給自足を始めた頃は、大手住宅メーカーの研究員をしていましたが、2014年に独立して園芸研究家になりました。現在52歳です。毎月NHKテレビに出演したり、雑誌の連載を書いたり、園芸関連の講師などをしながら、ガーデニングの楽しさや、自給自足の魅力を多くの人たちに伝えるのが仕事です。全国出張も多く、仕事のない日はまずありません。何だか時間に追われて余裕がなさそうですが、なぜかよく人から『はたくん! いつも楽しそうだね』と言われます。
僕も20代の頃は、世の中変えてやる、と意気込んでいました。多分、生意気な顔をしていたのでしょうね。ところが社会に出てさまざまな壁にぶつかるうち、ふと思ったのです。物事にはどうにもならないこと、自分の努力次第でどうにかなっていくことの二つがある、と。以降、無意味に争うことは避け、何とかなりそうなことにだけに注力して毎日を大切に生きていくことにしました。すると、物事がなぜか上手く回るようになったのです。家庭も、仕事も、人間関係もです。それがいつのまにか顔にも現れてこのように言われるのかな、と今は思っています。

例えば世の中の、僕にはどうにもならない事でまず頭に浮かぶのが、現在カロリーベースで37%の日本の食料自給率。コレを僕がたとえ1%でも変えていこうと思ったら大変です。でも、家族分と限定すればどうか? 今すぐにでも変えていく事は可能ではないか。そのように考えた僕は早速取りかかりました。でも無理すれば長続きしませんから、まずはマンションでプランター一つから細ネギの栽培を始めました。
だんだん欲が出てもっとやりたくなり、でもここでも無理は禁物。まずは知り合いの農家さんに畝一つ借りました。その時、鍬の持ち方から教えてもらいました。仕事の合間に耕し、借りる広さも徐々に増やして、今は400坪以上の田畑で家族の米や野菜を作るまでになっています。スタートから数年で、我が家の食料自給率は、自分でもちょっと驚いているのですが、80%以上となり、現在もこれをキープしています。
●家庭菜園は農業ではない
田畑の三分の二(一反)で、家族5人が一年に食べる米300㎏も作っています。米作りでは、僕がネットオークションで買った昭和初期に作られた足踏み脱穀機や、明治40年製の唐箕が大活躍です。トラクターなどの農機具は持っておらず、田植え、稲刈りは全て手作業でしています。なぜ機械に頼らないのかというと、かつて僕は実家のある西宮市で阪神大震災を経験し、ライフ・ラインが一瞬にして麻痺してしまうのを目の当たりにしたからです。お金は持っているのに、ペットボトルの水一本買うことができないという経験をして、僕はガソリンがなければちっとも動いてくれない農機具に頼るのはやめようと思うようになりました。時間をやりくりすれば、家族の分ぐらいなら何とかなるものです。まあ草刈り機は持っていますけど。
極力水やりをしない、肥料やりもほどほどです。ちょっと見た目は悪くなるし、やや小粒なのが難点ではありますが。ただ、野菜の自ら育つ力を引き出して、僕があまり手をかけなくても勝手に育ってもらったり、プラス虫たちを味方にする独自の方法で、満点ではなく70点を目標に掲げて続けています。というのも、僕はまだまだ現役で働きたいので。そして何より僕の家庭菜園の野菜は出荷する訳ではないのですから。さぼらない程度の手抜き菜園で十分だと思っているのです。ちなみに僕はよく講演会でこう話します。家庭菜園は農業とは全く別物です、と。
●子どもたちも得るものがあるはず
かつては「畑に行くよ?」と声をかけると、大喜びでついてきた子どもたちも、今や上が高校生、末っ子も小学校高学年となり、それぞれクラブだ習い事だと忙しくて、めっきり田畑を手伝ってもらうことも減りました。
その頃の我が家の菜園生活は、育てるところから収穫し、料理をして味わうところまで、まさに家族総出でした。田畑は子どもにとって、さまざまな草花や昆虫との出会いの場です。また刻々と変化する風や雲、そして空の色を、時には雨に打たれながら感じる場でもあります。モノがあふれている時代だからこそ、バーチャルなものが席巻している時代だからこそ、『みんな♪みんな♪生きているんだ友達なんだ~♪』を実感をもって歌える人間でいてほしい。今はスマホなしではいられないイマドキの子どもたちですが、彼らがかつてのこの経験から何を得ることができたのか、その回答が出るのはまだまだ先のことですが楽しみです。
多くの人は僕のように、野菜はもちろんのこと、穀物まで栽培するのは難しいかもしれません。けれども、菜園生活の魅力というのは菜園の大小にかかわらず、十分味わうことができるものだと思っています。

『コップひとつからはじめる
自給自足の野菜づくり百科』
内外出版社 2019年5月 A5版 176ページ 1600円(税別)
はた あきひろ 1967年生。91年に大手住宅メーカーに入社し、研究所、マンション事業、本社設計部を23年間。現在は人と人、人と自然のつながりを大切にし、毎日丁寧に暮らすことを提案する『庭暮らし研究所』代表。家族5人分のお米と野菜をつくり、自給生活を送る。NHK総合テレビ「ぐるっと関西おひるまえ」では、野菜づくり講師として毎月出演。NHK出版「みんなの趣味の園芸」でブログ発信。著書に『コップひとつからはじめる自給自足の野菜づくり百科』など