お口に広がる瀬戸内海
フレッシュファクトリートミナガ 愛媛県松山市:島ライム果汁、島レモン果汁
西瀬戸内海に浮かぶ気候温暖な小さな島「中島」。中島みかんの栽培は明治時代から始まり、「この島で作れない柑橘はない」といわれるほど島の環境が柑橘栽培に適していたため盛んになりました。
一時期は㊥(マルナカ)ブランドで市場から高評価をいただいておりましたが、度重なる自然被害を受け、90年代末に行われたJAの統廃合によってブランドは消滅。柑橘産地として危機にさらされてしまうことに。そんな中、フレッシュファクトリートミナガはその中島みかんを、柑橘の島を守るべく、島おこしを目的として設立。そして小さな島の未来に大きな希望を込めて『希望の島』ブランドを立ち上げました。
この島のお土産は?というと、みかんしか思い浮かばなかったのですが、それでは時期が限られてしまうため、最近では島で育てた柑橘を島で加工した、新たな加工品づくりもしております。近年の愛媛産柑橘の主流は、いかに甘く食味の良い品種を育てるかという流れになっておりますが、私たちはそれだけではなく、何といっても柑橘には香りが重要だと考えております。
5年前より香酸柑橘をもっと知ってもらいたいという思いから取り組んできたライム栽培および契約農家さんへのライム栽培の奨励によって、今年やっとそれが形となって「島ライム果汁」の完成に至りました。ライムは現在市場に流通している99%以上が輸入品です。国産ライムの産地としても頑張っていけたらと思います。
いろいろな柑橘がありますが、加工品を通してもそれらを楽しんでいただき、瀬戸内のイメージがふっと湧くような心の休まる商品をお届けできたらと考えております。
(富永昌之)
柑橘の収穫風景
熊野灘から天日干しをお届け
芦浜産直出荷組合 三重県度会郡:干魚など
自然豊かな熊野灘で獲れた魚を一枚一枚丁寧に開き、港に近い環境で太陽と潮風をたっぷり受けた無添加の天日干し干物をつくっております、芦浜産直出荷組合です。1963年、三重県南部3カ所で原子力発電所の建設計画が中電から発表され、最後まで候補地として残っていたのが芦浜でした。その反原発運動の中でよつ葉と出会い、原発に頼らない地場産業の活性化を目指すためもあって1985年に設立されました。
トップクラスの一本釣り漁師だった父が、陸に上がって魚屋になったわけですから、当時は魚の買い付け、加工の仕方などの勉強に悪戦苦闘。もちろん沖には出れず、海への思いも強かったために「沖で食べていた弁当が一番おいしかった」と懐かしんでいたと母に聞いたことがあります。
そんな中でも運動は継続的に行われ、各地からたくさんの方々が反対運動に参加し、まだ小さかった自分は、あまり見ない人たちがたくさんいる…くらいの感覚だったと思いますが、その方々に放射能の恐ろしさを教えてもらったことは今でも覚えています(2000年2月には当時の知事が白紙撤回を表明し、中電も計画断念を表明しています)。私はいったん別の職についていましたが、運動に参加していた方々に教えてもらったこと、故郷への思いもあり、18年前に魚屋を継ぎ現在に至ります。
「芦浜原発反対」と書かれた当組合のラベルは凄いインパクトがあると思います。それは父と母の芦浜原発への強烈な思いの表れです。「芦浜は日本で最も早く原発建設予定地に選ばれ、日本で唯一原発が建設されていない場所」となりましたが、原発がなくなる日までこのラベルを貼り続け、声をあげていこうと思います。そして皆さまに安心して食べてもらえる熊野灘の幸をお届けできるように頑張っていきます。
(阪口明志)
干し具合をチェックする阪口さん
排出するものを減らし肌も環境も美しく
アーダブレーン 東京都清瀬市:化粧品
「お肌にやさしい製品は、環境にもやさしい」。1986年の創業以来、この理念に基づき、石油系の界面活性剤や旧表示指定成分などを一切使用しない、〝積極的な無添加〟の製品をお届けしています。
この原点は、アトピーで悩んでいた私の幼少期の体験にあります。先代である父は、副作用が心配されるクスリを使わず、化粧品とケアの仕方で症状が緩和できるのではと考え、試作品を母に塗布させていたそうです。そうして小学生の頃には、すっかりアトピーの症状は改善。しかしそれは、化粧品のチカラのみにあらず。バランスのよい食生活や、4歳から剣道で心身を鍛練したことも、症状改善につながったのでしょう。父は私で試した経験をもとに、肌荒れで悩む方々のお役に立ちたい思いから、「アーダブレーン」を立ち上げました。
無添加化粧品「フィットランドシリーズ」をはじめ、4年前には化粧品の処方研究者と開発した「TAEKOシリーズ」も誕生。なかでも「TAEKOサンスクリーン」は、揮発性油剤や紫外線吸収剤を使っていないため、「海やサンゴにも優しい日焼け止め」としてダイビング雑誌でも紹介いただきました。肌に良いだけでなく、〝排出するものを減らす〟ことも私たちが掲げるモットー。美しい地球を次世代に残すための環境問題にも、積極的に取り組んでいます。
また、東日本大震災をきっかけに「TUMEKARA」プロジェクトも発足。現在は、福祉作業所で作られる、食用廃油を活用したキッチン用石鹸を広める活動も進めています。肌とココロを健やかに保ち、環境までも美しくする。そんな化粧品づくりに、今後も尽力してまいります。
(佐藤 圭)
左がTAEKOサンスクリーン
施設園芸の思い
新篠津村の黒壁さん 北海道新篠津村:メロン
メロン作りを始めてから30年以上経っています。その間、いろいろな災害にもあいましたが、何とか続けることができました。
昨年、秋の台風(たった30分)でメロンハウス(1400坪)全壊の被害にあい、一時はこれからの作付けを諦めようかと考えていたところ、よつば農産の方々はじめ、多くのご支援のもと、今年度の出荷を迎えることができ、ほっと一安心しているところです。
作付けにあたっては、少しでも高収益を求めての、家族労力だけの取り組みで今も進めていますが、近年、年とともにからだが悲鳴をあげています。毎年、会員さんたちが家を訪ねられますが、妻といつまで続けられるのかと、話し合うようになりました。
昨今、農家人口の減少に伴い、一戸当たりの作付面積が増加し(わが家も3倍になりました)、手間のかかる施設園芸が減少しています。作物を作るのは、地道で根気のいる仕事です。当然、生き物ですから、様子を伺いながらの気の抜けない作業です。おいしい物ができると何とも言えない嬉しさと、それを食べていただく人たちの顔が浮かべば、作り甲斐のある喜びになります。
いったい、いつまでできるのか? 頑張りたいものですネ!
(黒壁忠雄)
黒壁さんご家族
野菜作りへの想い
別院協同農場 京都府亀岡市:摂丹百姓つなぎの会の地場野菜
私が農業を営んでいる東別院町は、亀岡市の山間地にあり、自然豊かな空気と水のきれいな所です。夏は昼夜の寒暖差があり、とてもおいしいお米と野菜の栽培ができます。
昨年の夏に別院協同農場の生産者となり、よつ葉の会員さんにお届けする野菜作りを夫と始めました。お米と自家用の野菜は何十年も栽培はしてきましたが、販売をする野菜作りは初めての挑戦です。
最初に、どんな野菜を作ったらいいのかなぁ?上手く収穫ができるかなぁ?などの不安と心配をしながらも、昨年の夏に大根とこまつ菜の種まきをしました。数日後には大根とこまつ菜が発芽して、一安心をしましたが、収穫までは気を抜けませんでした。近所の農家さんにもいろいろと教えてもらい、何とか大根とこまつ菜を出荷することができました。
この春も二度目の大根とこまつ菜の種まきをしましたが、近年の異常気象もあり、満足のいく収穫にはなりませんでした。やはり、農業は自然相手の仕事なので、常に気を配り、手間をかけて世話をしなければいけないと実感しました。
この夏に、まずは土作りからと思い有機質の堆肥を畑に入れました。会員さんの食卓にあがった時「おいしいなぁ」と言ってもらえる野菜作りを心がけていきます。休日には息子夫婦と孫も畑に出て手伝ってくれます。
昔から「農業は一生勉強」と言われますが、これからも少しずつ栽培品目も増やして元気に農業を続けていきたいです。よろしくお願いします。
(三浦政美)
三浦さん
自衛の自給
ひらさわ農園 平澤充人
老後の生活費には年金のほかに2000万円必要、というのが話題になっている。前々から、将来の年金は大丈夫なのか、と心配してきたが、ヤッパリ、だったのだ。少額の国民年金に頼る身としては、オレの老後は「何とかなるさ」「なるようにしかならん」と考えて、アハハと空笑いするしかない。それはそれとして別の心配がある。
私の集落はずっと戸数21戸だった。それが今は純粋に農家として「メシを食っている」のは、たったの2戸になった。こんな状況は私の集落だけでなく、全国津々浦々の農村でみられる。農家がいなくなる、田畑も荒れる、近年の温暖化による天候不順で作物の豊凶のフレが大きくなった。私は77歳。日本の農業を支えているのは大半が私の年齢である。IターンやUターンで若い人が農業に入ってきてはいるが、私たちの穴を埋めるには全く足りない。日本の食料自給率はカロリーベースで38%。もう挽回は不可能。輸入にいつまで頼れるものか。いずれ食料危機が来る、と心配である。
食料は武器である、と考えるアメリカ。カネさえあればいつでも買える、と思っている日本。生産された食料を過不足なく国民に分配するのは國の重要な役目だが、能天気な政治に頼ってはいられない時が来ている。自衛のための自給を本気で考えなくてはならない。条件がそろう人は家庭菜園を始めよう。自前の農場や加工場を持ち、地場の農家と連携している「よつ葉」は自給には強い。日本全体の食料自給率のことは政治がやるべきこと。自分と、自分の地域と、縁につながる「よつ葉」の、つまり「自分たちの守備範囲」の自給を維持、向上することを考えよう。できることからでいい。大規模なことはできなくても、まずは一本のダイコン、一個のキャベツからだ。
初夏の中央アルプス。撮影:平澤充人さん。
平澤さんは8月下旬に写真集を出版されます。
『ライフ』でも取り扱う予定です。ご期待ください。
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