
ゲノム編集食品とは?
何が問題?
天笠啓祐 (環境・食品ジャーナリスト)
●開発進むゲノム編集食品
ゲノム編集技術の応用が急速に進み、次々と食品が開発され、すでに市場化されているものもあります。その最先端にいるのが米国です。2015年からベンチャー企業のサイアス社が開発した除草剤耐性ナタネの栽培・収穫が始まり、2018年にはカリクスト社が開発した高オレイン酸大豆が収穫され、米国中西部のファストフード店で流通を始めました。
カリクスト社は次に、高食物繊維小麦を2020年には栽培を開始する予定です。その他にもうどん粉病抵抗性小麦、高オレイン酸低リノール酸大豆などを開発しており、市場化を図っていく予定です。同社以外にもトランス脂肪酸を含まない大豆、変色しないマッシュルーム、アクリルアミド低減ジャガイモ、干ばつ耐性トウモロコシ、収量増小麦などの開発が、バイエル社やデュポン社などによって進められています。遺伝子組み換えでは反対が強まり挫折した小麦での開発が目立ちます。
日本でも農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が、「シンク能改変稲」を開発し、2017年度から5か年計画で栽培試験を行っています。この稲は、籾数を増やし、収量増加をもたらすことになっています。世界的には作物だけでなく牛や豚、魚など動物での開発も盛んです。
●遺伝子壊し生命体を改造
ではいったいゲノム編集とはどんな技術でしょうか。ゲノムとは、すべてのDNAのことをいいます。DNAにはすべての遺伝子がありますから、すべての遺伝子と言い換えてもいいと思います。ヒトゲノムというと人間の遺伝子全体を指します。そのゲノムを操作することを言います。

ゲノム編集は、基本は目的とする遺伝子の働きを壊す技術です。生命体はバランスや調和で成り立っています。体を大きくする遺伝子がある一方で、あまり大きくなり過ぎないように抑制する遺伝子があります。その一方の遺伝子を壊すと、さまざまなことができます。大きくなる遺伝子を壊すと、小さいままの動物が誕生します。中国ではすでにマイクロ豚がペットとして販売されています。逆に抑制する遺伝子を壊すと、成長が早く肉の多い魚や家畜が誕生します。世界的に開発が進められているのが、ミオスタチンと呼ばれる筋肉の発達を制御する遺伝子を破壊した動物です。この動物は、筋肉の発達が制御できなくなり、筋肉質でしかも肥満状態になります。肉量が増えるということで、豚や牛、魚での開発が進められています。京都大学は、マダイやトラフグで開発を進め、これもすでに市場化が間近です。
ゲノム編集では、「クリスパー・キャス」と呼ばれるガイドRNAと遺伝子を壊す制限酵素の組み合わせが用いられています。ガイドRNAが壊したい遺伝子へ制限酵素を導き、その制限酵素がDNAを切断して遺伝子を壊すのです。この仕組みを利用すると簡単に標的の遺伝子を壊せることから、いまや遺伝子操作の主流になりつつあります。
同じ遺伝子操作技術ではありますが、遺伝子組み換えは、他の生物の遺伝子を挿入して生命体を改造する技術であるのに対して、ゲノム編集は特定の遺伝子を壊して生命体を改造する技術です。壊した遺伝子の代わりに新たな遺伝子を挿入する組み換えも可能になっており、そうなるとゲノム全体を自由自在に変更させることができるということで、「ゲノム編集」という名がつけられました。
ゲノム編集により極めて簡単に遺伝子を操作できるようになったことで、いまや遺伝子組み換えにとって代わりつつあります。しかし、遺伝子を壊すことは、実に乱暴な行為であり、意図的に病気や障害を引き起こすことにほかならず、しかも遺伝することから、将来にわたり生命系に深刻な事態をもたらすことが懸念されます。
●今夏にも日本上陸か?
次々に開発されるゲノム編集生物をにらみ、日本では昨年7月から環境省が、9月からは厚労省が検討を進めてきました。きっかけは昨6月15日に閣僚会議で決定した「統合イノベーション戦略」です。この技術は経済成長戦略の要の位置にあるとして、今年度中に推進できるように法律や指針を整理しろと、政権が指令を発したのです。その結果、環境影響評価も食品の安全審査もほとんど必要ないという結論が出され、推進一辺倒になったのです。このままでは食品表示もされません。
カリクスト社は、すでに流通を始めた高オレイン酸大豆の栽培面積の拡大を進め100軒の農家に栽培させており、飼料用途での販売も始める予定です。しかもこの大豆を「遺伝子組み換えでない」と喧伝する予定です。その大豆が、今夏、日本にも上陸しそうです。
ゲノム編集技術は、遺伝子を壊す技術ですが、目的外の遺伝子を壊す「オフターゲット」が必ず起きます。さまざまな遺伝子が壊れてしまうことで生命体に深刻な影響をもたらしかねません。さらにはゲノム編集した細胞と通常の細胞が入り乱れる「モザイク」という現象も起きます。実に乱暴であり、とても安全とは言えない技術です。政府の決定は、技術開発を優先して、環境や食の安全を軽視していると言えます。
あまがさ・けいすけ 1947年東京生まれ。ジャーナリスト、日本消費者連盟共同代表、遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン代表、市民バイオテクノロジー情報室代表。市民の立場から遺伝子組み換え技術や農薬、化学物質の危険性について分かりやすく解説。近著に『TPPの何が問題か』、『遺伝子組み換え鮭がやって来る!』、『ゲノム操作食品の争点』など。よつ葉のカタログ『life』に「教えて天笠さん」を連載中。