食べることは生きること
~映画『いただきます』にみる和食の力~
安武信吾さん
(西日本新聞社編集委員/映画『いただきます』プロデューサー)・
オオタヴィンさん(映画『いただきます』監督)に聞く
関西よつ葉連絡会の「大豆くらぶ」が主催する集会で、映画『いただきます~みそをつくる子どもたち』の上映会が開かれました。上映会に参加されていない会員さんのために映画の内容を紹介し、私たちがこの作品に込めた想いを紙面で伝えてほしいとのご依頼ですので、映画の製作に至る経緯からお話しします。
●亡き妻の教え
安武:私の妻は25歳で乳がんを患い、2008年に33歳で他界しました。娘が5歳のときのことです。8年間の闘病生活のあいだ、妻は自分がいなくなった後のことを考えて娘にみそ汁づくりを教えていました。「みそ汁さえつくれれば、将来どこで何をしていても生きていける」といつも言っていました。みそ汁づくりは5歳のときから娘の日課になります。亡くなってから10年になりますが、娘はずっとみそ汁をつくってくれています。
そのみそ汁は妻を亡くした悲しみを越えて、わたしが生きる力にもなってくれました。「食べることは生きること。一人でも生きられる力を身につけて」と繰り返していた亡き妻の教えは、娘と私の中にしっかりと根付いています。
妻を亡くしてからしばらくの間、その死と向き合えずにいましたが、やがて妻がどんな生き方をして、どれだけ娘を愛していたかを文字に残すのは、父としての務めだと思うようになりました。こうして、がん闘病中の妻・千恵と幼い娘・はなとの暮らしを綴った『はなちゃんのみそ汁』(文藝春秋)を出版することになります。2012年のことでした。この本には予想を超えた反響があり、テレビドラマ化や映画化もされましたから、読者の中にもご覧くださった方がいらっしゃるかもしれません。
その後、この映画の製作にかかわっていたオオタヴィンさんから高取保育園(福岡市)のドキュメンタリー映画を作りたいという申し出をいただき、プロデューサーを引き受けました。『はなちゃんのみそ汁』の原点は高取保育園にあると思っていたからです。娘が通っていた高取保育園では、給食に自家製みそと納豆の発酵食品を取り入れているのですが、この「命ある」みそとの出合いが、妻の「食べることは生きること」という考え方につながったのだと思うのです。
●「はなちゃんのみそ汁」の原点―高取保育園
オオタ:高取保育園は、日本の伝統的な食養生や医食同源に基づいた食育で知られています。子どもたちは裸足で園庭を駆け、竹馬で遊びます。真冬でも、薄着、素足ですが、風邪を引きません。そして玄米、みそ汁、納豆、旬の野菜を中心にした和の給食を口にします。
ここではその玄米も毎日子どもたちが研ぎ、全園児200人分のみそ100kgを、5歳児のクラスが毎月仕込んでいきます。そのほか梅干し、たくあん、高菜漬けづくりにも子どもたちが参加します。
こうした取り組みは、毎年入園してくるアレルギー園児の症状を改善することにつながっています。その驚きの結果に、いまでは全国からの教育視察が絶えません。映画のなかでも、生味噌、玄米を中心とした食生活のおかげでアトピーが1カ月で改善されたお子さんの例などが紹介されています。アレルギー、アトピーのお子さんを持つお母さん、必見です。
高取保育園ではアレルギーや食育という言葉がまだない時代から、アレルギー疾患の子どもたちを受け入れ、その解決策や食のあり方を探ってきました。そしてたどりついたのが、アレルギー、アトピーがなかった昭和30年代の和食に戻すことだったといいます。この和食給食スタイルは“食は命なり”という理念のもとに実践され、多くの園児たちを健やかに育ててきました。さらには、落ち着きが出て話を長く聞ける園児が多いなど、玄米和食がもたらすものは、からだの健康にとどまらないようです。
●和食のよさには根拠がある
オオタ:子どもは和食が苦手だと思われていますが、ここでは220名の園児たち全員が毎食完食です。映画にも園児たちがものすごい量を完食するシーンが出てきますが、撮影のために演出したのではありません。現園長の松枝智子先生は「おいしければ、玄米でも、納豆でも、野菜でも、残さず食べます」と言います。そして「いくら身体に良くても、おいしくないと続かない」とも。
給食の食材は、玄米を主食に、身土不二に根付いた、ま(豆)・ご(胡麻)・わ(わかめなど海藻類)・や(野菜)・さ(魚)・し(椎茸などきのこ類)・い(芋類)を基本のおかず(「まごはやさしい」)。良質のかつお節や干し椎茸、いりこや昆布などのうま味で、しっかりだしを取ることを基本にしています。小さい子ほどおいしいものがわかるそうです。幼年期に和食で味覚を形成しておけば、一生、和食のおいしさを味わうことができます。
近年、和食のよさは科学的にも明らかにされてきました。映画では発酵学の第一人者・小泉武夫東京農業大学名誉教授の知見や、予防医学医・奥田昌子さんの遺伝子研究の成果を紹介しています。みそが体によい影響を与えることが解明されてきましたし、ずっと米が主食だった日本人は、お米を食べるのに適したからだになっていることもはっきりしてきました。2016年には、日本人のすべての遺伝子配列が解明され、欧米人と比べると1000万カ所の遺伝子変異がみられることが明らかになりました。日本人の体質に最も合った食べものは遺伝子レベルでも「和食」なのです。逆に言えば、欧米化した食生活は日本人には負担がかかるのです。伝統的な和食に隠された先人たちの英知に学ぶことの大切さが、科学的にも裏付けられてきています。
●ぜひ映画をご覧ください
安武:映画『いただきます~みそをつくる子どもたち』の上映会は全国各地で開かれています。公式サイト(http://itadakimasu-miso.jp/)で上映会情報をご覧いただけます。自主上映会の申し込みもサイトからできますので、お友達やお知り合いと企画してみてください。ホームページでは、「いただきます小学校上映会」の記録ムービーも見れます。学校での上映会もご検討ください。
この作品で紹介した高取保育園のありのままの姿を、ひとりでも多くの方に知ってもらうことが、「日本のこどもたちの健やかな食」につながり、西福江先生の食育理念が広がっていくことになります。そして、高取保育園の子どもたちの「声」を通して、私たちが見失いつつある「大切な何か」に気付いていただけたら、私がこの作品に込めた想いが伝わったことになるのだと思います。なにより、子どもたちのかわいさに感動していただけると思います。ぜひご覧ください。
(まとめ:編集部・下村俊彦)
映画『いただきます』ポスター
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