辺野古埋め立てと生物多様性
志村智子 (日本自然保護協会)
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●辺野古の海を埋め立てることの問題点
辺野古のニュースを新聞やテレビで目にします。沖縄の基地の問題、ということは知られていますが、この海を埋め立てることの問題点は十分知られていないように思います。
「辺野古」は、那覇から車で1時間半ほどの、沖縄島の北部、名護市東海岸にあります。浅いサンゴ礁の海で、隣には「大浦湾」という深く大きな湾があります。この組み合わせが、琉球列島の他の海では見られない、生物多様性の高い海をつくる土台になっています。海の中には、サンゴ群集、海草藻場、マングローブ林、干潟、泥場、砂場など、さまざまな環境があります。陸上に森や草原や田んぼがあるように、海の世界にもいろいろな環境があるのです。
沖縄の海岸線の多くは、サンゴ礁に縁取られています。観光などで沖縄に行ったことのある方は、沖で白波がたっている風景をみたことがあると思います。白波が砕けているところがサンゴ礁の縁にあたります。深い海がそこから急に浅くなって陸につながります。サンゴという生物がつくりあげた特殊な地形です。サンゴ礁は、台風などの高波・高潮を和らげる天然の防波堤でもあります。
浅くなったサンゴ礁の内側には海草藻場や砂場が広がっています。沖縄島で一番広い海草藻場、それが辺野古にあります。
沖縄には、豆腐の上に小さな塩漬けの魚が乗っている「スクガラス豆腐」という料理があります。しょっぱいけれど滋味豊かで、カリッとした食感が、大ぶりで少々固い沖縄の豆腐にとてもよく合います。この魚はアイゴの稚魚で、海草藻場に稚魚の時期を過ごすためにやってきます。春、この小魚を捕まえて塩で漬け込むのが風物詩だったそうです。広い海の中で、海草藻場は小さな生き物がくらす海の幼稚園のような場所でもあります。
海草は、ジュゴンの餌でもあります。ジュゴンはイルカやクジラ、マナティなどと同じ海の哺乳類で、かつては琉球・奄美一帯に生息していましたが、今では沖縄島周辺が日本での唯一の生息地で、世界の北限になっています。ジュゴンは、魚や海藻は食べられません。海草だけが唯一の餌ですが、辺野古で確認されている海草6種は、すべて環境省の絶滅危惧種とされています。
大浦湾は、サンゴ礁域には珍しい深い湾が広がっています。かつては、やんばるの木材を運び出すために、やんばる船という帆船が大きな帆を掲げて出入りしていたそうです。大浦湾には、チリビシのアオサンゴ群集もあります。海底から見上げると太陽の光に小山のようなシルエットが浮かび上がるサンゴ群集です。地元の人たちも、“大きなサンゴの塊”があるとは知っていたそうですが、それが学術的にも重要とわかったのは2007年のこと。2009年には砂泥地から新種や日本初記録のエビやカニの仲間・貝類が次々に見つかっています。辺野古・大浦湾はそんな海です。
正面が辺野古岬。左側の明るい海は海草藻場や
砂地が広がるサンゴ礁の浅い海。右側の大浦湾には、
チリビシのアオサンゴや深場の生物がくらしている。
辺野古での海草藻場の調査のようす。
光が届く浅い海の底に海の草原が広がっている。
しむら・ともこ 公益財団法人日本自然保護協会(NACS-J)自然保護部長。学生時代に、知床の保護問題、NACS-J自然観察指導員などに関わり始め、世界遺産になる前の白神山地の保護活動にボランティアとして参加。1986年、森林保護・環境教育事業のスタッフに。『自然保護』編集長時代には、地球サミット(1992・ブラジル)にNGOとして参加・取材。環境教育担当、管理部部長などを経て、現職。
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