2017年、農や食にまつわる気になる動きを振り返る
山口 協(地域・アソシエーション研究所代表)
2017年も残り少なくなってきました。今年を振り返り、農や食にまつわる気になる動きについて考えたいと思います。
●種子法の廃止をめぐって
4月14日の国会で、都道府県に対して米、麦、大豆の種子生産を義務付ける「主要農作物種子法(種子法)」の廃止法が成立し、来年4月1日に廃止されることになりました。
米、麦、大豆といえば、私たちの食卓に欠かすことのできない重要な作物です。そうした主要作物の種子が安定して生産され普及されるよう、国の責任を定めたのが種子法の内容です。多くの時間と費用がかかる品種改良や新品種の開発に取り組む各地の農業試験場や農協などに対して、必要な予算の手当などをしてきました。
法律ができたのは、日本が戦後復興の最中にあった1952年。戦後の食糧難を抜けだし、米の完全自給を果たした背景には、種子法の存在があったと言われます。
そんな大事な法律が、なぜ廃止されたのでしょうか。もとになっているのは、環太平洋連携協定(TPP)の対策として、昨年11月に政府・与党が取りまとめた「農業競争力強化プログラム」です。その基本的な内容は、“日本の農業が国際競争で勝ち抜くには「経営規模の拡大」「企業の農業参入」「農産物輸出」が必要だ。そのために「規制緩和」をせよ!”というもの。種子法の廃止もその一環として、国の支援が民間企業の参入を阻害している、との理屈でした。
はたして、規制を緩和して民営化すれば万事うまくいくのでしょうか。私たちは決してそうではないことを知っています。種子法が廃止されることによって生じる悪影響については、少なからぬ人々が次のように指摘しています。
まず、種子の生産・普及に関する公的な支援が少なくなれば、研究開発コストの上昇が予想されます。そうなれば種子の価格も上昇し、食べものの価格に影響する可能性があります。生産コストが跳ね上がり、農家の離農を後押しするかもしれません。種子の業務を断念する都道府県も出てくるでしょう。
その結果、民間企業の参入が進んだとしても、種子のほとんどは大手種苗会社の支配下に置かれることは明らかです。それはさらに、圧倒的な技術力と資金力を持った一握りのグローバル企業に集約されていくでしょう。甚だしくはTPPをめぐって懸念されていたように、各地の風土に合わせて開発されていた種子がグローバル企業に特許登録され、使用料を請求されることすらあり得ます。
まさしく公共の財産であり、生存に不可欠な食べものの種子を、一部の企業に営利目的で独占されかねない状況が生まれてしまうのです。
●外国人の就農解禁をめぐって
あの「加計学園」問題で注目を集めた国家戦略特区ですが、6月16日の国会で特区の改正法が成立しました(すでに施行されているはずです)。その目玉は、特区内では外国人の派遣労働による農業就労を認めるというものです。対象の外国人労働者は、技能実習制度の修了者などを想定しているようですが、これまで単純労働者の受け入れを拒んできた原則を実質的に変えるものとなります。
日本の農業人口の減少と高齢化については、改めて言うまでもありません。昨年、農業就業人口は初めて200万人を割り、1990年に比べて4割程度にまで落ち込みました。高齢者の離農が進む一方、若者の就農も伸び悩んでいるためです。今回の法改正は、こうした状況を打開するためなのでしょうか。
日本には現在、“実地研修を通じた技能移転”の名目で最長3年間の受け入れが可能な「技能実習生」という制度があります。実態はほとんど単純労働者と変わりません。実際、長野のレタスや群馬のキャベツなど大規模単作の野菜産地、あるいは人手が必要な有機野菜の産地では、外国人実習生が“頼みの綱”となっているそうです。
ただし、出身国のブローカーや日本の受け入れ団体には悪質なところもあり、ピンハネやセクハラの被害にあったり、法律上は「労働者」でないため労働法制で守られないなど、受難を強いられる場合も少なくありません。実習生の側も大半は出稼ぎ目的なので、高収入を得るため、農業の実習生として入国した後に失踪し、工場などで不法就労する事例もあります。関西ではあまり耳にしませんが、茨城県などでは問題になっているそうです。
今回の法改正によって「労働者」としての地位が認められれば、これまでの曖昧な「実習生」制度にまつわる問題が好転する可能性はあります。日本の農業現場で働く意欲があるなら、誰であれ歓迎すべきなのも確かです。とはいえ、まったく釈然としません。
そもそも、なぜ日本の農業現場で外国人が必要とされるのでしょうか。その背景に、農業人口の減少や高齢化があるとすれば、その原因は何でしょうか。言うまでもなく、農業では食べていけないような状況があるからです。今回の法改正は、こうした状況を改善するものとなるのでしょうか。
ならないでしょう。そもそも目指すところが違うようです。国際的な貨幣価値の差を利用し、とりあえず低賃金でキツくても我慢して働く外国人を連れてくればいいという思惑が透けて見えます。その場しのぎであり、なし崩しの現状追認と言うほかありません。
●農と食を守るのは誰か
いまに始まったことではありませんが、この国の政治には、金儲けの手段という側面を除いて、農と食を守ろうとする気などさらさらないようです。むしろ、金儲けの邪魔になるような“生産性の低い、小規模な、手間のかかる”農と食は、支援するどころか積極的に市場競争の中に叩き込み、淘汰に任せようとしています。
もちろん、農と食に金儲けの側面があることは否定できません。いまの世の中、お金がなければ暮らしていけないのも事実です。でも、それだけではありません。なによりも、農と食は私たちが生きていく上で不可欠な命の源です。お金で食べものは買えても、食べものを生み出すことはできません。種子も農家も、一度失われてしまえば、取り戻すことは困難です。
どのみち国なんかアテにできません。自分たちの手で農と食を守っていきましょう。生産と消費が固く結び合い、お互いの事情を理解し合えるなら、それは可能です。私たちがこれまでそうしてきたように。
この風景を守るのは私たち
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