能勢農場の畜産の課題と今後の展望
寺本陽一郎(能勢農場代表)
去る5月6日、よつ葉で働く配送員向けに「能勢農場の畜産の課題と今後の展望」と題しての意見交換会を開催しました。よつ葉の畜産現場を引き受けている能勢農場では、これまでもよつ葉の配送員の人たちがさまざまな現場(放牧野のシバ植え、保養林間、見学会等々)で能勢農場に訪れ、いっしょに現場の作業を行ったり、話をしたりという機会はありましたが、改めて私たちの畜産現場の抱えている課題や展望を語り合う場を持つのは年1回の株主総会以外はあまりありませんでした。きっかけは昨年末の配達時「肉の味がしない」「肉が硬い」などの声が会員のみなさんから寄せられたことでした。
●能勢農場 これまでの取り組み
能勢農場は、10年前に地域の稲作農家と協同して稲ワラの粗飼料化事業をスタートしたのを皮切りに、仔牛からの一貫生産の体制作りや放牧、繁殖の事業化に向けた取り組み、そして昨年、瀬戸田農場との事業統合を経て畜産現場の集約化と「よつ葉がめざす畜産ビジョン」の具現化に向け取り組んできました。
しかし、自分たちが理想とする現場に近づけば近づくほど、当然のことながらそうした現場作りに裏打ちされた技術力や知識が要求されてきます。また上記で述べたこれらの事業は、当然ですが自然が相手、手間も時間もかかり一朝一夕で結果が出るものではありません。ですからよつ葉の畜産現場としてはまだまだ発展途上といったところです。
●転換期迎えた日本の畜産
今、日本の畜産は大きな転換期を迎えています。2001年に発生したBSEは、それまでの畜産業界の現状を大きく変えてしまうこととなりました。この時、小規模の畜産農家は市場に牛を出荷できなくなり、離農・廃業が相次ぎ、それらを吸収するかたちで大規模な畜産農家が台頭し、5000頭~10000頭という巨大な畜産農家が全国に点在し始めたのもちょうどこのころからです。
しかしこの後、宮崎県での口蹄疫や東日本大震災とそれに伴う原発事故の影響を受け、全国に30000頭以上を飼養しているといわれていた安愚楽牧場が倒産。このことがきっかけとなって全国の和牛の飼養頭数が激減し、一般市場での仔牛価格が高騰し、今の日本の畜産業界はかつてないほど衰退していると言わざるを得ません。そしてそのしわ寄せは末端の消費者価格の高騰というかたちで表面化しています。しかし政府はこうした背景にまともに対応することなく「強い農業」を旗印に輸出強化に大きく舵を切ろうとしています。
でも考えてみてください。国産と言いつつ牛に与える飼料のほとんどを海外からの輸入に依存してきたという戦後一貫して抱えてきた日本の畜産の歪みが底流にある中、自国で育てた牛を、また海外の富裕層向けに輸出する。残された日本の消費者は、アメリカやブラジルといった畜産大国から、どのように育てられ経由してきたのかも皆目わからないものを安いからといって買わされる。世界の食料輸出国のほとんどが自給率100%以上で、国内で消費しきれない余剰分を海外に輸出するのが一般的なのに、食料自給率が40%を切り60%以上の食べものを海外に依存している日本が輸出強化を図ろうとするのはどう考えてもおかしい。ここで1つの疑問がでてきます。本当にこんな状況を日本の第一次産業に関わっている人たちは望んでいたのかと。
●姿を消す農業・畜産の連携
私が能勢農場で畜産の仕事に携わるようになったのが、ちょうど10年前でした。「よつ葉がめざす畜産ビジョン」が策定されたのも同じころでした。それまで日本の畜産の歪みや問題を発信しながら自らが想う畜産現場作りに取り組んできました。では、自分たちは将来どんな畜産現場を展望するのか、そんな想いをまとめたのが「よつ葉がめざす畜産ビジョン」です。
内容はというと“自然との調和”“身近なものを飼料として活用する”“家畜に極力ストレスを与えない”などいたってシンプルなのですが、これが今の日本の畜産にはなかなかあてはまらない。もともと戦後から高度経済成長期の初期までは上記のような畜産現場が点在し、林業や農業と共存し、人々の生活に寄り添いながら営まれていました。その後、欧米からの畜産技術が大量に輸入され、今のような集約型の近代畜産に変化してきました。が、その過程でこれまで営まれてきた自給飼料の生産や堆肥の還元といった農業と連携した循環型の生産様式はことごとく姿を消しています。
たしかに経済効率を追求することは現代社会の中では当然のことで、事業が成り立たなければ元も子もないわけなのですが、技術を導入し機械化を進めた結果、農業は農業、畜産は畜産というようにそれぞれ単独でも営めるようになり、互いを支え合い共存しあってきた人と人との関係までなくなってしまっています。だからもし農業や畜産ができなくなったとき、一昔前なら互いに支え合う仕組みの中で継続できたものが、今では生産者一人ひとりが決めなければならない。補助的な仕組みがあれば継続できるのに離農・廃業へと追い込まれてしまう。つまり持続可能な時代ではなく、第一次産業の中で人々の関係が壊れてしまったことで、廃業するか大規模化するかの選択をせまられる時代になっているのです。
●「よつ葉がめざす畜産ビジョン」へ
能勢農場は「よつ葉がめざす畜産ビジョン」の実現を通して、こうした分断されてしまった人々の関係も回復させていきたい。だから事業活動を通して農業や酪農、林業とも直接つながっていく。でもそれを実現しようと思ったら、それに伴う技術が要求されます。稲ワラの粗飼料化事業も哺育事業もスタートしてから5年~10年経過していますが、まだまだ試行錯誤の段階です。
そして4年前、牛のトレーサビリティを確立するため、一般の市場から仔牛を導入していたのを改め、兵庫県と長野県の酪農家から直接導入をスタートさせました。この時から雄牛の飼養にも取り組み始めたのですが、これまで雌牛の飼養で培ってきた経験だけでは雄牛には通用しない。雄牛と雌牛では異なった飼料の中身や飼育環境が要求されるため、一から現場作りに取り組んでいます。また、こうした生産を通した直接的な生産者との関係づくりも始まったばかり、人と人との関係づくりもまた時間をかけて信用信頼を積み上げていかなくてはなりません。
自然と向き合う営みはそれだけ長い時間を必要とします。そして決して人間の都合だけでは成り立たない現場です。でも一方で経済活動である以上、効率や合理化は必要だとは思うのですが、それが大規模化しかないとなると本当にそうなのか。そうではなくて第一次産業の中で同じ等身大の規模の者同士が互いに協力し合う。先人の知恵や相互補助の関係をもう一度現代社会の中で再構築していくことももう1つの道ではないでしょうか。会員のみなさんにも、生産現場に思いをはせていただき、あるべき畜産へ向けたビジョンを共有してもらえたらと考えています。
よつ葉がめざす畜産ビジョン
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