ひこばえ通信
2011年2月号(第295号)


第20回:札幌−ミュンヘン−ミルウォーキー

 年配の方なら覚えているかも知れません。かつてサッポロビールが自社のコマーシャルで、札幌とミュンヘン、ミルウォーキーがビールの世界三大産地と言ってました。何故か今でも頭にしっかりこびりついています。
 札幌は日本では北のはずれ。ミルウォーキーもアメリカの中では北端にあって5大湖のひとつミシガン湖の西岸に位置します。ここを本拠地とする大リーグの野球チームがブリュワーズ、つまりビール屋のおっさん。この2都市が北緯42度あたり。
 ミュンヘンはビールの本場ドイツの中では南の端にあります。バイエルン州の首都でヒトラーがナチス党を結成した本拠地でもあります。北緯はなんと48度で、日本最北端の根室より更に北になります。札幌と並ぶのはイタリアのローマやスペインのマドリードですから、ヨーロッパは全体が北海道より北にあります。ただし、大西洋は狭いため、暖流のメキシコ湾流が北極近くまで流れていますから緯度の割には暖かです。ドイツやスウェーデン、フィンランド、ロシアなどに囲まれたバルト海は緯度が60度にもなりますが、1年中凍ることがありません。日露戦争の時のロシア・バルチック艦隊はここを出港してから、地球をほぼ1周して日本海に到着し、弱小日本艦隊によってよもやの敗北をします。
 これらの三都市が本当に世界三大産地かどうかは知りません。ビールの原料で苦味と香りのもとになるホップは、寒冷地にしか育たない植物ですから、それらの都市がビール作りの適地であることはまちがいありません。北海道にはもともと野生のホップがあって、サッポロビールは今でも、全てかどうか知りませんが、原料のホップを北海道で栽培しています。
 ビールの本場ドイツでも南部のバイエルン州では原料のホップや小麦ができますが、北部はダメです。小麦も育たず、ライ麦やじゃがいもしかできません。パンもライ麦パンです。じゃがいもの原産地はアメリカ大陸で、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」した後でヨーロッパに伝わり、ドイツやイギリスなど北部ヨーロッパの人たちの貴重な栄養源になりました。じゃがいもの他に、トウモロコシとタバコと梅毒菌がヨーロッパにもたらされ、全世界へと広がりました。じゃがいもは穀物ではありませんから保存性があまりありません。イギリスではじゃがいもの不作のために飢饉まで起きています。ところが、原産地のアンデス山脈地方では、じゃがいもをつぶして凍らせた上で乾燥させて、高野豆腐のような保存食がちゃんとあるそうです。じゃがいもを「略奪」してきたために、こうした知恵は伝わらなかったのでしょう。
 野菜が思うようにできない北部ヨーロッパの人たちにとってなくてはならないのが牛乳です。牛のお母さんが一生懸命に草、つまり野菜を食べて、それを消化・吸収して、おっぱいにして子牛に飲ませるのが牛乳。牛ばかりでなく人間にとって必要な栄養は全て含まれています。それを牛の赤ちゃんには人工乳を哺乳ビンで与えて、牛乳は人間が横取りするわけです。黒と白のまだらでおなじみの牛はホルスタイン種と呼ばれ、ドイツ最北端、バルト海沿岸のシュレスヴィヒ・ホルスタイン州の生まれです。
 ヨーロッパからの移民でできたアメリカでも牛乳は食生活に欠かせません。ところが、コカコーラやペプシコーラなどの飲料メーカーがはびこったために、牛乳をあまり飲まなくなりました。ハンバーガーと牛乳だったら生きていけるのですが、ハンバーガーとコカコーラでは肥満と成人病を作るだけです。アメリカ人ばかりでなく日本人もあまり変わりません。
 ケータイのなかった時代のアメリカでの話です。誰かから電話がかかってきた時に「ハロー」ではなく「ドリンク・コカコーラ」と叫べば賞金をあげますと、コカコーラがキャンペーンをやりました。電話が普及しだした頃です。誰かに電話をかけて出てきた相手が「ドリンク・コカコーラ」と叫べばびっくりしますし、話題になります。こうして、コカコーラはアメリカを代表する企業に成長しました。
 かしこいと言うか、あざといと言うか。そういう会社です。