ひこばえ通信
2010年7月号(第288号)


第13回:かつてはみんな草食系だった

 コアラのおかあさんは、授乳中の赤ちゃんに自分のフンを食べさせるそうです。目的はおかあさんの体内にいる、繊維質を消化してくれるバクテリアを赤ちゃんに与えるためです。フンと言っても、コアラはユーカリの葉しか食べませんから、きれいなものだと思います。おかあさんの体内でいくらか消化されているものなので離乳食の役割も果たすのでしょう。乳離れした赤ちゃんが、ユーカリの葉を食べて生きていけるように準備をするわけです。
 もともと植物の繊維質を分解するバクテリアは土の中にいます。地上で生活している草食動物は、草を食べれば自然にそのバクテリアも体内に入って来ます。胃酸はバクテリアの大敵ですから、あまり胃酸を出さずにバクテリアの住みやすい環境を作ってやれば、バクテリアは元気に消化の手助けをしてくれます。コアラは一生をユーカリの樹の上で過ごしますから、バクテリアを取り込むチャンスがありません。そこで親から子へバクテリアを受け継ぐ生活の知恵を身につけたのでしょう。
 繊維質だけで生きているわけではありません。砂糖がつながったのがデンプン、デンプンがつながったのが繊維質ですから、これは生きていくためのエネルギー源です。ユーカリの葉だけでなく、植物の葉はすべて脂質やたんぱく質(またはアミノ酸)なども含んでいます。植物の葉は工場のようなもので、ここで体を作る物質もエネルギーを生み出す物質も作り、全身に供給しています。野菜で言えばホウレン草や小松菜です。ところが人間は繊維質を分解してくれるバクテリアを飼っていませんから、ホウレン草や小松菜だけでは生きていけません。パンダはササを食べるだけで生きています。
 コアラにしてもパンダにしても、競争に勝ち抜いてユーカリやササを独占したとは思えません。今西錦司さんが提唱した「すみ分け」の考え方がピタッときます。他の哺乳動物が食べないものを選んだことで、平和な環境を手に入れたのだと思います。昆虫の世界ではすみ分けは徹底しています。たとえばモンシロチョウはキャベツしか食べません。他のチョウはそれぞれに単一の食べものがあります。
 ライオンのことを百獣の王と呼びます。ところが生活実態が分かってみると、そんなに強いわけでもありません。食糧として狙うのは、草食動物の子どもばかりで、しかも子どもが群れから離れている時を襲います。草食動物とはいえ、大人相手ではライオンでも手に負えませんし、群れの中で守られている子どもには手出しもできません。たまたま獲物にありつけると、まず内臓から食べます。つまり草食動物が食べて消化してくれた物をいただくわけです。当然、血液もすすります。血液はミルクといっしょで、栄養の宝庫です。肉(筋肉)はほとんどハイエナに譲ります。肉だけでは生きていけないことをよく知っています。
 オスは狩りも子育てもしません。やるのは種をつけることと、自分の地位を脅かす若いオスがケンカを吹っかけて来た時に闘うことだけです。勝った方が残り、負けた方が去ります。周りのメスライオンは、より強いオスを受け入れ、前のオスと同じように食物を与えます。それどころか、授乳中のメスは自分の赤ちゃんを食べてしまい、排卵を促し、新しい強いオスのDNAを早く受けとろうとします。オスは群れを支配しているというよりは、強い子を残そうとするメスたちによって囲われているように見えます。
 ライオンを百獣の王とみなすのは、肉食系のヨーロッパ人、特にイギリス人の支配層の世界観、人生観の反映でしょう。世界を暴力で支配した人たちです。明治初期に活躍した岡倉天心は「ヨーロッパの栄光はアジアの屈辱だ」と見抜いていました。自らは働かず、肉をたくさん食べて大きな体を作り、スポーツで体を鍛え、女性をとっかえひっかえ抱きまくり、自分の地位を脅かす者に対しては情容赦なく闘う。まさに、ライオンのオスを彷彿とさせます。
 日本人はついこの間まで、みんな草食系でした。特に江戸時代に花開いた文明は、世界の端っこの島国という、すみ分けに適した条件があったからだと思います。若い人たちのなかに草食系と呼ばれる人たちが出てきたことはいいことだと思います。明治時代にイギリスやドイツにあこがれ、戦後はアメリカにあこがれて、肉食系になろうとしてきましたが、できあがったのはホリエモンや橋下(大阪府知事)みたいなヤツです。あんなの好きですか。