第6回:苦労して育った野菜は味がある
曲がりねぎを初めて食べました。『ライフ』に紹介されていた通り、とても柔らかくて甘みがありました。この時期の他の長ねぎにはない柔らかさと甘さです。去年の今頃、NHKの日曜アサの番組で取りあげられ、すごく興味を持ったのですが、『ライフ』に載っているのを見逃して、今年になってようやく「初めて」食べることができました。
このねぎは作り方に特徴があります。『ライフ』の紹介文には「斜めに植え付けて、土の中に隠された斜めの部分は白いネギになり、青い部分は土の上から曲がって伸びてゆきます」と書かれています。NHKで紹介された仙台郊外の産地では、他の長ねぎのように育てたものを収穫1か月前にわざわざ全部抜きとり、土床に寝かせ、白い部分に土をかけてやるということでした。青い部分はその後1か月間で太陽を求めて起ちあがっていき、曲がりねぎになります。この地区は河川の堆積地で根の深いものを育てるのには向いていますが、地下水位が高いため、地中深く育った時に根腐れが発生しやすく、それを防ぐために、いったん抜きとるのだそうです。結果的にはこれが柔らかくて甘いねぎを作ることになりました。
「野菜を育てるにはストレスをかけてやる方がいい」。たつの市の丸山さんに「おいしい野菜を作るコツは何ですか」と聞いたときの答でした。曲がりねぎはまさにこれに当たります。斜めに植えられたり、途中で引き抜かれて寝かせられたり、ねぎにとっては大変なストレスです。一生懸命起ちあがろうとし、細胞のエネルギーとなる糖質を作り出します。これが甘みとなります。ねぎのこの生命力は冷蔵庫の中でも発揮されます。寝かせておくと起ちあがろうとして曲がっていきます。
大根や白菜が霜に当たると甘くなるのも同じことです。自分の体が凍って破壊されるのを防ぐためにエネルギー源となる糖質を作り出し、身を守ろうとします。糖が細胞のエネルギーとなるのは植物も動物も人間も同じです。植物は太陽の力を借りて自分で糖質を作り出します。動物や人間は植物からもらうしかないのですから、細胞の生理は植物から引き継いだのでしょう。
植物の体の多くは繊維質でできています。繊維質は人間には消化できませんが、炭水化物の一種で砂糖やデンプンの仲間です。能勢農場の牛は稲ワラを食べて大きくなりますが、彼らにとって稲ワラはお米やケーキに等しいわけです。稲ワラばかり食べさせたからといって、かわいそうでも何でもありません。草食動物の胃の中には、繊維質を分解するバクテリアが共生していて、消化を助けてくれます。
ねぎや白菜・大根が甘くなるのは、自分の体の繊維質を糖質に作りかえているのだと思います。栗の実を収穫後に冷蔵庫の中で氷温にまで冷やす(つまり霜に当たるのと同じ)と甘みが増すことがわかっています。産地によっては、この過程を経た上で栗を出荷しています。すでに樹から切り離されているわけですから、栗の実の内部のもの(繊維質やデンプン)が糖質に変化するわけです。繊維質が減れば、植物は柔らかくなります。
甘くなるのと柔らかくなるのは、植物にとっては一連の生理行為なわけです。 |