今年は、いつもよりゆっくり正月を過ごした。結婚24年目を迎え、そろそろ二人の娘も自立にむけて歩み始めている。永かったようでもあり、瞬く間に過ぎたようでもある。
それぞれの時代に かけがえのない思い出
目を三角に釣り上げてがむしゃらに頑張った共働き時代。ズッシリ重いおむつカバンと子どもを抱え、買い物をして帰る。お腹を空かせた子どもを待たせるのがイヤで、スーパーのお惣菜にも度々お世話になった。
海外から戻った夫の転勤に伴って引越しばかりしていた専業主婦時代。主婦とは名ばかり……。家事のイロハも身についていなくて、「婦人の友」の読者の会に入り、家計簿つけから習った。地域でも育児サークルに参加したり、幼稚園のお母さんたちとバザーやサークルなどを楽しんだ。娘たちも、幼い頃親しんだ絵本を懐かしがったり、その頃作っていたおやつや、教会の日曜学校での楽しい思い出を話すことがある。
安全な食べ物を求めて出会った“よつ葉”時代。縁があって夫もよつ葉へ転職。二人合わせても収入は以前の半分になった。長年家計簿をつけていたのと、もともと質素な暮らしだったのでそれでも十分だった。仕事や市民活動に駆け回る忙しい日々。
だんだん家事は手抜きが多くなったが、自分と家族の健康を考え、旬の食材を使った料理作り・弁当作りは辛うじて続けている。また、娘たちも食べることが好きなようで、材料さえあれば自分の食べたいものを調理してくれるのでとても助かった。
価値観くつがえされた いろんな人との出会い
節目節目にいろいろな人に出会い、自分は変わってきたように思う。中でも想い出深いのがU氏。出会った時に何て変な人だろうと思った。とにかく人のことを良く言わないのである。徹底的にコキおろす。人の面倒見は良くていろいろな人が寄ってくるのだが、やたらと手厳しい。ハデなケンカもするし、よく怒る。組織の中で常識的な人しか見ていなかった私は、最初は馴染めなかった。けれど何年も経ってから、あー、あの時言っていたのはこういうことだったのか……と納得することがあった。
力のある人も能力のない人も皆、同じ。一人の人間の内には善い面と悪い面がある。どちらが出てきてもその人に変わりはない。上っ面だけの付き合いじゃなくて、本気で感情をぶつけ合う。ケンカもする。大切な仲間として受け入れる。しんどさも嬉しいことも共に分かち合って生きて行く。人と人との関係を作るって、そんなモンらしい……。なんとなく腑に落ちると、仕事が面白くなった。自由自在に自分を伸ばせる心地よさの虜になって今に至っている。
フランスの農民運動家 ジョゼ・ボベさんの講演を聞いた時は、雷に打たれたような衝撃を受けた。今まで崩し得なかった自分の価値観。社会の中であたりまえだと思い込まされていた常識が実は他に代わる価値もあると気付かせてもらった。自国の国民の食べるモノくらい、自分たち農民の手で作るというプライド。フランスに建設中のマクドナルド店舗を解体して逮捕されたり、遺伝子組み換え食品に反対したり……。
効率と利益ばかりを優先し、第三国の環境を破壊し、貧困を増やすマクドナルドとモンサントを相手に闘う農民。ボベさんの闘いは、人が人らしく生きるために必要なんだ。警察に捕まって牢屋に入ったり、裁判にかけられたりするのは悪いことをしたからとは限らない。法律で裁かれることが悪いんじゃなくて、自分たちの都合の良いように法律を作ってしまう人たちがいて、それを仕方がないと諦めてしまうのがダメなんだ。幼稚な浅い呑み込み方だけれど、その後の私の判断のものさしになった。
つまるところ私が大切にしたいことは……
食糧の6割を輸入に頼っているこの国でもしもの時に、身近な人が生き延びられるだけの食べ物を作ること。田んぼや畑を耕し、できるだけ自然環境に負荷をかけない生き方をすること。
農村、山村、漁村の人たちにもっと元気になってもらいたい。地産地消の運動をもっと広げたい。若い人も老人も最期の時までキゲン良く働いて欲しい。若い人には「何にむかって」働いているのかを自覚できるようなメッセージを発信すること。自由で多様に生きていける世の中になるように。年老いてから誰かの役に立つ働きができるように、地域で助け合う関係づくりを。
多くの人に「幸せだ」と思って生きて欲しい。人それぞれだけど、モノに執着しない生き方、心を満たす生き方。ブータン国王の言う国民一人一人が幸せだと感じる尺度を上げる。G・D・PではなくG・D・Hを! 雨露凌げる家ときれいな水・生き延びるための食べ物、テーブルにかける一枚の白い布、着替えが三枚、晴れ着が一枚。それで十分ではないか。
……こんなことを考えているヘンなオバサンの独り言を最後まで読んで下さってありがとうございました。
(京滋センター・村上美和子) |