2004年7月号(第216号)

「牛肉トレーサビリティ法」で安心できる?
価格と見た目がすべてじゃない
バーベキューで至福の一時
野良仕事のひとりごと
沖縄から 無投薬ヤンバル鰻
島根から 宍道湖の宝物
会員取材レポート ふえろう村ログハウス
ぐるーぷ自己紹介 アレルギーっ子 つくしんぼの会
ミセス・エンゲルの悩み
暮らしからの政治(1)
共済だより 『人は人に関わってはじめて人となる』
5/30 第2回いきいきまつり
海からの便り 第10回 青潮がでた!



「牛肉トレーサビリティ法」で安心できる?
「トレーサビリティ調査団」先進国ドイツを視察

六月五日から九日間、小沢福子大阪府議を団長とする「トレーサビリティ調査団」がドイツを訪問しました。編集部からもこの調査団に参加し、ベルリンとハンブルグおよびその近郊でドイツの「牛肉トレーサビリティ」の現状を視察してきました。


 「トレーサビリティ」は「トレース」と「アビリティ」を組み合わせた言葉で、「追跡可能」という意味です。EUではBSE感染牛の発生で落ち込んだ牛肉の消費を回復するため、事故発生時の追跡や回収を容易にし、消費者の安心を確保する「トレーサビリティ・システム」(生産履歴情報追跡システム)の導入が一九九〇年代から進められてきました。日本でも二〇〇一年九月のBSE感染牛の発生をうけて、その対策の一環として同様のシステムの導入に向けた動きが本格化しました。
 二〇〇三年六月には「牛肉トレーサビリティ法」が制定され、同年一二月から生産段階で施行されています。「牛は一〇ケタ、人は一一ケタ」と住基ネットに反対するスローガンにあるように、牛には一〇ケタの個体識別番号が付けられ、生産者には「家畜改良センター」への届け出が義務付けられました。情報はセンターのデータベース(個体識別台帳)で一元的に管理されています。
 そして、同法は今年の一二月から流通段階でも施行され、食肉の小売店や焼肉店・しゃぶしゃぶ店などにも適用されます。すでにスタートさせている小売店もあるので、一〇ケタの数字が表示された商品ラベルをご存知かもしれません。消費者はこの番号によって、購入した国産牛肉の生年月日や性別・種別・移動歴などの情報をインターネットで確認できるようになります。今回の調査団はこれに先立ち、トレーサビリティの先進地ドイツで、その実情を視察することを目的に計画されました。

主体的な取り組みが先行するドイツ


▲ドイツ連邦消費者保護・食料・農業省のH・シュトッキンガーさん(左)と小沢福子さん

 ドイツでは二〇〇〇年一一月のBSE発生の後、牛肉の消費が前年対比五%にまで落ち込んだそうです。これを受けて連邦政府は農業政策を消費者保護重視に転換、食糧・農林省を「消費者保護・食糧・農業省」(大臣はR・キュナスト〈緑の党〉)に改編し、対策にのりだしました。私たちの視察は同省のH・シュトッキンガーさんとの会見から始まり、畜産農家、さまざまな規模のと畜・加工業者、流通・小売業者から消費者団体、さらには食肉業者の職人組合までを九日間でめぐるものでした。
 ベルリンで訪れた「ノイランド」という組織は、よつ葉とよく似ていて親近感を覚えました(『life』310号で紹介しています)。訪問先のどの業者も、これまでの生産方式は続けられないという認識をはっきり持って現場の改革に取り組んでいました。そのさい自社の状況にあわせてソフトを開発するなど、主体的にシステムの確立に取り組んでいる姿勢が印象的でした。こうした下からの改革が先行しているため、システムの統一はむずかしいらしく、連邦政府の主な役割は州政府やEUとの調整にあるようでした。トレーサビリティ導入は基本的に事業者の責任であるという判断が貫かれているようです。前述のシュトッキンガーさんの「ドイツは分権国家ですから」との説明には、中央主導の日本への皮肉も入っていたのかもしれませんが。

法規制による情報開示が先行する日本

ところで「情報の開示」はそれだけでは「安全性の確保」を保証しません。ドイツの取り組みから学んだのは、トレーサビリティ・システム自体は食品の安全性を高め、品質を向上させる役割を持っているわけではない、ということです。「安全性の確保」に向けた基礎的な仕組みであって、問題はその運用のされ方にあります。ドイツでは各事業者がシステムの運用の仕方に独自の工夫をこらし、仕事の質の向上に取り組んでいました。
ところが日本では、コンピュータによる履歴情報の管理と消費者への開示という側面だけが強調されています。マスコミでも、あたかもそれ自体が「安全性の確保」をもたらすかのようにもてはやされるなかで、法による規制だけが先行し、システムをつくること自体が目的になっているように思われます。
番号が開示されるだけで生産と流通の実態がそのままでは、かかったコストは農水官僚の天下り先の確保とコンピュータ会社の利益に回っただけ、ということになりかねません。大手食品企業が自社製品を差別化し付加価値をつけるために使われ、システムに乗れない小規模生産者・加工業者を排除する動きもすでに見られるようです。施行後の運用のされ方をしっかりチェックする必要があります。
そもそもトレーサビリティ・システムは、人と人の信頼関係が成り立つ規模を超えた巨大市場で食品が流通している商品経済の現実のなかで、コンピュータ上で仮想的に「顔の見える関係」を実現しようとするものと言えるのかもしれません。つくる人と食べる人の距離がますます広がることを前提としたシステムなのです。しかし、言うまでもなく、生産者と消費者の直接の信頼関係こそが一番確かなトレーサビリティです。
(編集部・下村)