武田食品冷凍(兵庫県洲本市)その4


大阪で食品スーパーに就職しその後に淡路島由良に戻り、家業の武田食品を継いでそこから30年間は、毎年3月から4月は毎日が「いかなごのくぎ煮」作り。
朝陽が登る頃、港にトラックを運転し、鮮度ピカピカのイカナゴを取りにゆきます。腹が割れやすい魚なので一秒でも早く工房に戻り、大鍋を直火に掛け、調味料と生姜を入れて、“中華の鉄人”さながらにその鍋を手で返しながら炊き続けました。50台のガスコンロが並ぶ調理場に半日いるだけで、汗が最後には塩の結晶になるほど。毎年体重が10キロ落ちました。島の他の工房が効率良く炊けるスチーム釜に変えてゆくなかで、熟練の技が必要な「大鍋直火」を続けたのは、旨味と苦みがあって、さっぱりとした甘さの子どもの頃から食べてきた、いかなごのくぎ煮を作るためでした。
その間に阪神淡路大震災もありました。毎年応援の声をいただいて、復興と重なるようにご注文の量が増えて行き、毎年10トンを作るほどの武田食品の看板惣菜に育てていただいたのです。
ところが4年前…。漁獲は極く少なく、漁協は早々に禁漁を決めました。浜値は例年の10倍にまで高騰して、くぎ煮としてとてもまともな価格で作れるような相場ではありません。それから4年間は同じようにまったくというほど獲れませんでした。そして、くぎ煮作りも4年間製造を止めざるを得ませんでした。家業としては今もキビシイ状況です。島では廃業した工房もあり、イカナゴという一つの魚種が消えることで、水産業にどれだけの激変が起こるのかを痛感しました。「もう、あのいかなごのくぎ煮は作れない」とも思いました。
「今年は漁があるかも」と知らせが入ってきたのが3月の初旬。実際には2週間の短い漁期でしたが、浜値も落ち着いて、500キロだけですが4年ぶりに作ることができました。貴重な魚ですから、「これが本当に最後かもしれない。この間ずっと待っていてくださった方々に、今までよりも良いものをお届けしたい」と心に決めました。いつもよりも丁寧に丁寧に焦がさないで飴色に、一尾ずつがほぐれるように何度も鍋振りを行いフワッと炊き上げ、「これが淡路のくぎ煮」と自信を持ってお出しできる出来栄えです。
今年のイカナゴのわずかな復活が、瀬戸内海が蘇ってゆく兆しであればと願っています。ただ、海の状況が良くなった感じはありません。子どもたちに受け渡す漁業や伝統食のことを考えたら、あと5年位禁漁することも選択の一つかとも考えます。もちろん家業としてはとても厳しいことでありますから、簡単に答えが出せないことです。
今の私たちにできることは、漁師が獲ってきてくれたイカナゴを丁寧にくぎ煮に仕上げて、待っていてくださるご家庭にお届けすることです。再び食卓にお届けできて、由良でこの工房を続けてきて良かったと心底から嬉しいです。
(武田食品冷凍 武田康平)
2021年『Life』210号

「鍋振り」を行い、フワッと炊き上げます。
武田食品冷凍
淡路島のいかなごくぎ煮
淡路島西側(播磨灘)海域産を炊き上げました。いかなご本来の味が楽しめる大きめサイズ。