小笠原商店 (長野県伊那市)その2


こんにゃく、きくらげ、寒天、ひじき。日本食品標準成分表八訂による食物繊維含有量トップクラスの食材である。どれも馴染みの食材で、姿かたちは容易にわかるが、さて「寒天」は? 天草という海藻! と即答できる人はどれだけいるだろうか。食物繊維だけではない。カルシウムや鉄分等ミネラル分も多くカロリーはゼロに等しい。これぞ現代人が追い求める究極の健康ダイエット食品ですヨ!
歴史をひも解けば、かの隠元禅師が名づけ親のトコロテン。精進料理などで残ったものを放置して乾いたものを戻してみたら、旨い! これが寒天の起源とされる。以来300年以上日本の食文化を担ってきた。時経て現代、伝統食品とは名ばかりの似て非なる食品が多いなかにあって、堂々昔のまんまの寒天づくりを続けている小笠原商店(長野県伊那市)は1916年創業。信州で寒天づくりを始めて約100年。無添加・無着色・無漂白。昔づくりの天日製法をかたくなに踏襲する。「最良の寒天を作る」と代表の小笠原寿房さんは言う。そのためのあらゆる努力を惜しまない。良質の寒天づくりには最適な自然環境と高い技術と経験に裏づけられた職人の技が必須である。原藻の良い天草を見極める力量も重要だ。天日干しは12月~3月の厳冬期での作業となる。
伊那谷の厳しい寒さ、日中と夜間の寒暖差。吹き降ろしの乾いた冷気とたっぷりの日照時間。そして南アルプスの伏流水と天日干しには格好の舞台だ。では、作業工程へ。原藻は全国10ヶ所以上から集めた天草のみ。海域海流の速さで生育状況が異なり、抽出される寒天の質が左右されるので多く集めることで強度粘度など品質の巾が広まる。次に選別した天草を洗浄し大釜で煮つめる。この煮熟のタイミングが最大の決め手。
「こればかりは職人の技量と気迫」に頼らざるを得ない。布に重しをかけてゆっくり搾り凝固を待つ(これがトコロテン)。細く切断し、凍結、融解、天日干しの乾燥をくり返すこと2週間。やっと天然糸寒天のできあがりとなる。
この場を訪ねること4度目。伊那谷の寒風は相変わらずキツイ。だがこの時期ならではの感動というごほうびが待つ。よしずに並んだ寒天(になりつつある)が、遥か山裾に迄広がる干し場の風景は圧巻だ。海に育ち、遠い信州へ。職人の手技を経て海に漂う天草がまったく別の姿と力を備えて寒天となる。よしずの上でどんどん細くなっていく糸寒天を見ていると、なんともいとおしく感じた。
「長い旅路おつかれさまでした。心して大切にあなたたちの命をいただきます」。