よつばつうしん
2016年7月号(No.064)
視点論点

地震の危機にさらされる川内原発
向原祥隆(反原発・かごしまネット代表)

 

昨年8月、10月と、川内原発1号機及び2号機が相次いで再稼働しました。地震の問題をはじめ、多くの問題が積み残されたままでした。
 その後稼働した高浜原発は、大津地裁の仮処分で停止命令が出され、現在日本国内で稼働しているのは川内原発だけです。
そんな中で突然起きたのが熊本地震でした。
 2016年4月14日21時26分マグニチュード6.5、最大震度7の激震を観測した熊本地震は、その28時間後の4月16日1時25分頃、同じく熊本県熊本地方を震源とする、マグニチュード7.3、最大震度7の激震を発生させました。4月19日には、南に下りて、より川内原発に近い八代市を震源とする震度5強の地震も起きています。
 そして、6月12日には再び八代市付近を震源とするマグニチュード4.3、震度5弱の地震が起きました。
 この一連の地震は、さらに拡大する傾向を見せ、予断は許されない状況にあります。


■ひずみがたまる川内原発周辺


地震が頻発する薩摩半島西方沖(2016.4.18東京新聞)

 地震予知総合研究振興会の松浦律子部長は、熊本地震は昨年11月14日にマグニチュード7.1を記録した薩摩半島西方沖地震に端を発したと見て、同時に「この地震の震源(薩摩半島西方沖)と日奈久断層帯を結ぶ海域などは地震が起きやすくなっているかもしれない」と警告を発しています(東京新聞2016.4.18)。薩摩半島西方沖では、5月6日から6月4日までの間にマグニチュード4以上の地震が15回連続して起きています。
川内原発は、薩摩半島西方沖と日奈久断層の間に存在しています。両方の断層帯のひずみが解放され、逆にその中間にある川内原発周辺のひずみが大きくなり、大地震が引き起こされる可能性を指摘するものです。


■川内原発に伸びる日奈久断層

 さらに気になる報告もあります。昨年9月、日本地質学会長野大会において田中均熊本大学教授は、「九州山地西縁の日奈久断層の再検討」として、臼杵―八代構造線(中央構造線)の延長と考えられる日奈久断層が、地質調査の結果、さらに薩摩川内市沖合に伸びていることを示しています。
 もともと、川内原発近傍には、甑断層、甑海峡中央断層、五反田川断層が確認されています。国の地震調査委員会は、活断層の川内原発側の端が判然とせず、原発側に伸びている可能性を指摘しています。
 田中教授の報告は、日奈久断層とこれら断層とのつながりをも想起させるものです。


川内原発に伸びる日奈久断層
(熊大田中均教授・2016.9日本地質学会講演要旨より)


■20分でメルトダウン

 原発は動いていようが、止まっていようが、危険性には大きな違いがないんじゃないの?という声を聞きます。
 ここには大きな開きがあります。
 大地震で配管が破壊され、原子炉から一気に大量の漏水が起きたときECCS(緊急炉心冷却装置)が作動し、冷却できるようになっています。しかし、ECCSが地震で破壊され、機能しないことも考えられます。このとき、稼働中ならわずか20分で炉心溶融に至ります。
 しかし、止めて1日たつと発熱量は0.5%まで減少し、炉心溶融までの時間がはるかに長くなり、対策も立てやすくなります。
 地震が頻発し、川内原発周辺の危険性が高まっているという指摘が専門家から寄せられている今、先ずなすべきは川内原発を停止することなのです。


■要請行動を連続して実施

 私たちも、手をこまねいているわけではありません。鹿児島県内98団体で組織している「ストップ川内原発! 3.11鹿児島実行委員会」は、4月18日、28日と、九州電力と鹿児島県知事に対して、即時停止の申し入れを連続して行いました。さらに、5月13日には、地震問題を含めた公開質問状を鹿児島県知事あてに提出しています。
 熊本地震で、余震の続く中、多くの人が自宅に帰ることができず車中泊を余儀なくされました。事故が起きて放射能が放出されたとき、避難計画の指針では、屋内退避が明記されていますが、それができないことがはっきりしました。
 各所で道路が寸断され、移動もままならないことは、誰の目にも明らかです。
 大多数の鹿児島に暮らす人々は、もっと発展してほしいとか、裕福になりたいなどとは思っていません。昨日のように今日があることを感謝し、今日のように明日があることを祈る、そんな穏やかな日常こそ大切にしていると思います。
 原発事故は、福島を見るまでもなく、そんなささやかな人々の願いを、台無しにしてしまいます。
 全国の皆さんと手をつなぎ、一日も早く川内原発が廃炉になり、そして日本中の原発が廃炉になる日まで、声を上げ続けていきたいと考えます。よろしくお願いします。



むこはら よしたか
 1957年、鹿児島県日吉町生まれ。1980年京都大学農学部卒業。東京に本社を置く広告出版会社を経て、1992年Uターン。1994年に図書出版株式会社南方新社を設立、代表取締役に就任。450点を出版、現在に至る。反原発・かごしまネット代表。著書に『地域と出版』『海辺を食べる図鑑』(ともに南方新社)がある。

ページトップへ