よつばつうしん
2016年2月号(No.059)
視点論点

漁師が肥やす「海の森」
〜宮古湾の藻場再生にかける
山根幸伸(お魚かたりべ・岩手県指導魚業士)
「よつばの学校」公開講座(2015年11月7日・よつ葉ビル)から


 今日は岩手県の宮古湾のことを知っていただきたいと思ってやってまいりました。
 まずは「藻場の大切さ」についてお話しします。それから私は、よつ葉の会員さんにおなじみの「丸友しまか」さんにカキを、「鳥もと」さんにムール貝を出荷していますので、カキやムール貝の話もさせていただこうと思っています。
 宮古市は本州最東端に位置していて、昔は交通の便が悪く日本のチベットと言われていました。宮古湾は湾口部の幅が4km、湾口から湾奥まで10kmある、くさび状の湾です。湾中央部でも10mほどの比較的浅い湾です。特徴は本州でも一番サケが昇る清流、津軽石川と早池峰山から流れ込む閉伊川の2つ河川があることです。


●藻場は「海のゆりかご」

 湾奥の西岸は開発が進んでコンクリートの護岸が続いていますが、東部は手つかずの自然が残っていて、アマモ場が多くあります。今では藻場があるところが魚を育てることが分かっていますが、昔はそういうことが分からなかったと思います。漁具の向上もありますが、近年藻場が少なくなり、魚が少なくなってしまいました。
 アマモ場は「海の森」とも呼ばれます。アマモは陸から海に戻ったと言われている植物です。陸でも山に森があるからさまざまな動物がいるわけです。海も同じで、アマモがあることで、稚魚の隠れ家になったり、エサ場になったり、産卵場になるわけです。私たちが活動を始めた頃は、そんなことはほとんどの方が知らなかったと思います。私は15年前、ある大学に依頼されて藻場周辺で稚魚採集を行いました。その時とても多くの種類の稚魚がたくさん採れたことがきっかけで湾奥の自然環境の大切さが分かってきたのです。外洋と違い湾奥の藻場周辺は稚魚が育つ所だったのです。
 アマモは花が咲き種を持ち増やします。アマモの森がなければ稚魚も育ちません。震災からの再生に何年かかるかなと思っていましたが、残っていたアマモが種を多く持ち2年後は予想以上に増えました。また驚いたことに震災後、海の生き物がものすごく元気になりました。子どもが多くなったのです。大きな災害だということが、生き物たちにも分かったのでしょう。ヒトデとかフジツボとかムラサキガイなど、多くの生き物が、子どもを多く育て始めた感じです。彼らは種の危機だとわかるんだと思います…? そういうことで生き物も震災前の状態に少しずつ戻ってきているところです。大事なアマモは5〜6割まで戻っている感じです…!


●宮古のカキは春が旬

 瀬戸内海は木か竹で作ったイカダが多いと思います。宮古湾はロープに浮き玉をつけた延べ縄式のイカダでカキ養殖をしています。理由は宮古湾は外洋が近く台風や爆弾低気圧で大きなうねりが入るからです。シケでも耐えられるようにロープにしています。

・カキの養殖の流れ的には…

 宮城県からカキの種苗を仕入れます。カキの養殖は給餌しないので楽だと思うかもしれませんが、いろいろな手入れをしながら見守っています。あとは環境豊かな宮古湾が育ててくれます。だから、カキは育てている湾の環境によって味が少しずつ違います。ことわざに「川のないところにカキはなし」と言われますが、カキにとって川がとても大事だということです。宮古湾は2つの川のほかに、ところどころに伏流水がわいていて、カキやムール貝にとってとても良い環境にあると思います。淡水があると甘みが増し、味が濃いと言われます。

・手入れとしては…

 夏の暑い時期、サラボヤやムラサキガイが付着し大きくなります。これを駆除するのが一番大切な仕事です。大きなタンクに海水を入れボイラーで沸かします。70度前後まで温度を上げて、コツコツと一本ずつ入れていきます。そうすると付着物は落ち、カキだけが残ります。私はこれを、ひとシーズンに5000本前後処理します。暑い最中の仕事になるので、頭がくらくらする時もありますが、それをしないとおいしいカキができないのです。ひと手間ふた手間かけることが重要だと思っています。

・ブランド化への歩み…

 全国的にカキの旬は冬とされていますが、これは広島など瀬戸内海の大産地に合わせていると思います。しかし、よく考えてみると、宮古は桜前線でさえ一カ月違う。水温も瀬戸内海は黒潮、宮古は親潮。水温が違うのに旬が同じなはずはない、と気づきました。
 そうなると…、宮古の旬は春になるんじゃないかと思いました。宮古のカキは4月〜5月が一番おいしい。全国のカキ市場は10〜12月までは高値だが、1月になって全国のカキが多く出始めると、量に押されて徐々に値下がりしていきます。そして春は最安値になってしまう。宮古市場では4月、5月になると1kg500円前後まで下る。春は一番おいしいのに、なぜここまで安くなるのかと思いました。そこで何とか宮古のカキ旬は春なんだと伝えて、これをブランドにできないものかと考えたんです。
 そして2003年からブランド化に向けて歩み出しました。2006年から本格出荷を始め今に至っています。その名は「春のたより花見かき」といいます。地域の活性化につなげようという試みで、今は県内だけの流通になっています。キャッチフレーズは「宮古に来て食べてください」で、今では春の宮古の風物詩になっています。花見カキは殻付きで長さ13cm以上、幅が6cm以上、深さが3cm以上という大きさが特徴です。これが宮古産のむきカキの評価も高めて、それまでは「三陸産」とか「岩手県産」という表記だったのですが、「宮古産」と書かれるようになったことが嬉しいですね。値段も高値になり所得向上になりました。

●「困った」ところをチャンスに変える

 こういう感じで取り組んできたのですが、東日本大震災が来て、ゼロからのスタートに戻るわけです。私たちがなぜ災害で諦めなかったというと、昔から三陸の海は災害が多いからだと思います。1994年は東方沖津波でイカダが全滅。2003年の十勝沖ではイカダが7、8割の被害、2006年は大型の台風、震災の一年前もチリ津波が来て、イカダが2、3割の被害を受けました。それから一年後、東日本震災が来て船から陸の施設からイカダまで全て流されてしまいました。皆さんに「よく諦めなかったね」って言われますが…! 私はイカダが流れている最中から「何年で復活できるだろうか…」と思いました。ぜんぜん辞める気はなかったです! よく考えてみると毎年何かの被害はありましたからね…! 災害に慣れているわけではないですけど、いつもどうやって復活しようかな〜という考えるわけです。もともと考えることが好きなんですね(笑)。
 ムール貝は1950年代に神戸の海から始まったと言われています。外来です。ヨーロッパから船底について来たか、バラスト水で入ってきたと言われ、それが月日をかけて全国に広まったと言われています。毎年自然に取りついたムール貝がカキとイカダに付着してイカダを沈めてしまいます。だから、夏に掃除をして除去してしまいます。だけど食べるとおいしいんですよね! だから私は、これもブランド化したらいいんじゃないかと取り組みを始めました。震災まえから「森・川・海のしおさいムール」で売り始めました。首都圏ではけっこう評判も良く、売れ行きは上々でした。9月〜11月が旬だと思います。ムール貝は養殖しているわけではなく、そもそも付着物ですので数は多くありません。しかし、おいしさから震災前はどんどん注文が来るので嬉しい悲鳴でした。震災後は一から育てなければならず、時間はかかりましたが、昨年から少しずつ復活し始めたところです。
 震災からもう少しで5年、震災後アマモは再生するのかと思いましたが、アマモや稚魚は予想以上のスピードで増え続けてきています。ニシンなど、まだ復活できていないモノもあり、それは時間がかかると思いますが、見守り続けていきたいと思っています。海は怖い時もありますが、やっぱり恵豊かで素晴らしいということを、これからも伝え続けていきたいと思っています。


 やまね・さちのぶ 1957年宮古市生まれ。県立宮古水産高校卒業後、サラリーマン生活を経て20代で家業の漁業に就く。カキ専業の養殖漁家。岩手県指導漁業士、宮古漁業協同組合理事、宮古湾の藻場・干潟を考える会会長、宮古・下閉伊ものづくりネットワーク水産部会長、2011年全国漁港漁場協会・海の再生部門「海の名人」、2014年水産庁長官任命「お魚かたりべ」。

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