よつばつうしん
2015年10月号(No.055)
視点論点

暮らしから見た食と農
徳野貞雄 (熊本大学名誉教授/トクノスクール・農村研究所理事長)
 
 ぼくは熊本大学農学部教授と紹介されることが多いのですが、社会学者なので文学部に所属しています。でも、農学者でもあります。農学部と農学は、農作物や農地の問題、つまり客体のことをやっています。どちらかというと自然科学に近い。どうしたら多収量の種ができるか、どうしたら病害虫に強いイネができるか、どうしたらサシの入った牛ができるか。そういうことをやっている。でも、農業をやっている人のことはやっていません。また、それを食べている消費者のこともやっていない。そこでぼくは人と自然の両方をまたにかけて仕事をしてきました。
●みんな田舎の生まれだった
 消費者というのは、昔はいませんでした。みんな、百姓しながら消費者をやっていたからです。食と農は分離してなくて、ほとんどの人が、我が作って我が食べよったんです。それが金で買って食べるように変わった。これが食と農にとっての一番大きな変化です。みんな安全性とか有機農業とか大好きやけど、この変化に比べればたいしたことじゃない。昔はみんな田舎の生まれやったのです。

公開講座で
 ぼくは、こんどの地方創生に対してもむちゃくちゃに批判しています。それは、暮らしではなく、お金に基本が置かれているから。生活の実態はどうなのかが基本なんです。かつてがええ時代やという話じゃありません。生産力が低くて厳しい時代もあった。しかしいま、経済的には豊かになった日本は多くの問題を抱えています。でもね、平均寿命は延びているんです。1960年代は60代で死んでいました。そこには、いろんな要素が絡むんですが、食べものが食えるようになったというのが大きい。農薬が入っていようが、添加物が入っていようが、まずそっちのほうがすごいですよ。いちばんの基本に、食べものがある社会はありがたいということがある。
●批判的食育論
 食育はふたつに分かれます。「食材育」と「食事育」。加藤智大って覚えている? 秋葉原で無差別殺人した人。あのとき、いろんなことが言われてたけど、ぼくが一番知りたかったのは、この人があの事件を起こす前に、どんな食べ方をしていたのか。何を食べていたかではなくて、誰と食べとったんか。ぼくの仮説は、あの事件の前一週間、この人は一人で食べとったんやないかということ。人間とかかわってない。一人で食べるということを、一週間やってみ? こういう問題はね、1980年代に足立己幸さんが、子どもたちの描いた孤独な食卓の絵を通して指摘していたことなんです。
 何を食べるかなんてどうでもいいの。食材育なんて、戦前の話なんです。戦前は食べものが足りなかった。だから大事なのはカロリー、栄養素。それで発達したのが栄養学。戦後、日本が豊かになってこの栄養学の人たちは廃れたんです。そこへ消費者が食育とか言いだして、復活したんです。ここでもやってるんでしょ、食育講座。問題はそこじゃないんです。今は飽食の状態。何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかが問題です。一人で食べたらろくなもの食べんぞ。
●農家から見た消費者の類型図
消費者の四類型

 消費者を分類するとき、ひとつは食と農に関する意識です。食と農とは人間の生命の基本にあって、大切なものだという意識。これが高い人、低い人。もうひとつは行動です。意識だけではだめだから。端的には食べものに金を払うかどうか。すなわち行動と一致しているか。この2つを縦軸と横軸にとると(図)のような4類型ができます。
 @は、農家から見た期待される消費者です。当然のことながら、意識も高いし、農産物にお金を払う。なかには援農に行く。こういう人は5.4%くらいしかおらんのです。このなかで2%以上は農家です。この人たちは期待される消費者だから、金のわらじを履いてでも探せ。
 対極のCは、意識も行動もどっちもダメ。これはどうしようもない消費者。こういう人たちは食べものを食べてない。エサを食べてるんよ。このエサを輸入するのがTPPやからね。安けりゃええ。カロリーさえあればええ。このどうしようもない消費者がなんと23%くらいおる。ぼくが生産者に言うのは、こいつらと付き合っとったらお前らが死ぬぞと。そういう消費者は切り捨てていい。TPPが来ても自業自得じゃと。ここをはっきりさせなあかん。だから消費者分類って大事なんよ。
 Aにへんちくりんなのがおる。健康志向型。健康のために少しくらい高いものを買う。だけど自分で汗水たらすのは嫌だから、生協の周辺に棲息している。これが16%くらい。このひとたちとは喧嘩をせんでも、身内として付き合っていけばいい。
 日本で一番多いのはBの分裂型消費者。食と農が大事やと、地産地消やと、命のもとやとは言う。でもいつも、スーパーの中国産安売りコーナーにおる人なんよ。言うてることとやってることが分裂してる。これがなんと52%。これをどうするか。ぼくを呼んでもらって、洗脳するしかないのよ。
 図から分かるように、実際に金出さんやつがほぼ80%。で、安全やーって言うてるのも80%。だから日本の食育構造って、典型的な分裂型にできてるわけや。こういうのに個別でどう対応していくか。ぼくは分裂型をどうやって元に戻そうかということを考えています。
●「大都市脱走」戦略会議
 これからさき、確実に都市部はやばいです。震災が来た時に東京がどうなったか見たらわかるやん。この茨木でも水道と電気が消えたらあんた生きていけるね? まずやばいで。
 田舎が不便やって本当か? 田舎って確実に、公共交通機関は自家用車です。日本で最強の車はトヨタのクラウンじゃない。軽トラです。乗り心地も悪くないし、クーラーも効くよ。なんでも乗っけられるし。そんな田舎の人が怖いと思うのは都会に出た時です。ちょっと遅れたら、もしなんかがあったら大混乱。そういう構造になってる。便利とリスクは表裏なんですよ。
 インフラは都市部のほうがととのってる。学校とか病院。でも「70歳のときの仕事」をどうするかという問題がある。いまの日本人は60歳では死なない。日本の人口が減るとか、どうでもええの。60歳で死ねない方がよっぽど大変なの。
 田舎はどうか。テレビと車はある。家と自然はありすぎて困るくらい。困っているのはいかに鳥獣害対策をやるか。それとインフラは弱い。でも車が多いから、対応は十分できる。70歳以上の仕事はどうかというと、現役なんよ。「プレミアム世代」。人生80年。60年で死ねないんです。なのに、この国の都市部は、いまだに60歳で死ぬことを前提にシステムを作ってるわけよ。
 こういう構造をどうするか。農村と都市でこれくらい違うんです。最後は都市を脱走した方がええで。いま都会におる人にも、どう現状を変えられるか戦略を練ってほしいと思っています。

(まとめ/編集部・下村)

 とくの・さだお 1949年大阪府生まれ。一般社団法人トクノスクール・農村研究所理事長/熊本大学名誉教授。専門は農村社会学、農業社会学、地域振興論。フィールドワークを重視し、各地で地域おこしの実践活動にも取り組む。全国合鴨水稲会世話人。「道の駅」の命名者でもある。著書に「農村(ムラ)の幸せ、都会(マチ)の幸せ―家族・食・暮らし」、「生活農業論〜現代日本のヒトと『食と農』」、「暮らしの視点からの地方再生―地域と生活の社会学」など。

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