よつ葉つうしん

2014年12月号(NO.045)

秋の交流会特集
「2014秋 よつ葉交流会」大澤真幸さん基調講演報告
TPPではつくれない 私たちの暮らしの未来
津田道夫(地域・アソシエーション研究所)

「2014秋 よつ葉交流会」は「TPPではつくれない私たちの暮らしの未来」というテーマで、11月22〜23日に開催されました。交流会開催の目的は、いうまでもなく関西よつ葉連絡会が事業の理念として掲げている「生産」「流通」「消費」の協同関係の確立にむけて相互交流をはかるというものです。顔見知りになる機会をつくることだけで終わりではなく、現代社会では厳しく利害対立せざるを得ない3者の関係を、協同関係に組み替えていくために何ができるのかについて考え、行動していくきっかけにしたいということです。


TPPから日本社会の現状を考える

ちょうどTPP交渉は、アメリカ議会の中間選挙が終わって、さあこれからというタイミングで日本が総選挙に突入。年内合意が困難と決まったタイミングとなりました。
 交流会のテーマとしては、この自由貿易交渉の行方がどうなるのかという学習、論議の場にとどまらず、なぜ、GATT、WTOと続く貿易交渉が日本の政治課題として注目されているのか、なぜ、歴代自民党政権は国内の多くの第1次産業を切り捨ててまで交渉妥結にこだわってきたのかといった点について考えるということで、準備が進められてきました。そうした問題意識に沿って交流会の基調報告をお願いしたのが、社会学者の大澤真幸さんです。
 大澤真幸さんの数多い著書の1つに、弘文堂が出版している「現代社会学ライブラリー」の第1巻『動物的/人間的 @社会の起源』という本があります。人間の社会が、動物がつくる「社会」と異なるのはどこか?という問題意識から出発して、人間社会の起源を探ろうとする意欲的なもので、僕はこの本と出会ったことで、個体としての自我へのこだわりから少し解放された気がしたものです。
 昨年、地域・アソシエーション研究所が企画した「いま、社会をどう変えられるのか?―くらし・地域・政治―」というテーマのシンポジウムにパネラーの1人として参加いただいたのがきっかけとなって、おつきあいが始まりました。50代の気鋭の社会学者です。だから、TPPを批判するよつ葉の交流会の論議を、日本社会の現状とむすびつけて考えるという方向に導いてもらえればという期待を持ってお招きした次第です。
 結果、期待にたがわずというか、期待をはるかにこえてというか、大澤さんの問題提起は僕の予想をも大きく超えたところにまでおよび、「おいおいそんなに遠くまで行って帰ってこれるんかいな」とちょっと心配するハメとなってしまいました。
 日本の現代社会に暮らす、ごく普通の人間にとって、貿易自由化の更なる必要性は日常生活の中でほとんど見えません。ビジネスチャンスとして、そうした変化を熱望する一部の人たちが存在するだろうということは理解できても、なぜ、そんなに力を込めてTPPなのかという理由がわからないという人が普通なのだと思います。
 

アメリカに愛されたい日本

 僕の考えでは、その理由は、私たちが暮らす現代日本社会の2つの基礎構造に起因しています。大澤さんは、その1つ、日本社会全体が、ほとんど無自覚に抱え続けている「対米従属」という原因を解き明かしてくれました。
 簡単に言うと「アメリカ政府がそれを望んでいるから」日本政府はTPP貿易交渉に参加したし、「アメリカ政府が望む方向で」何らかの決着点を見つけざるを得ないという分析です。日本政府が原発推進を止められない理由も同じ原因に基づいていると大澤さんは分析しています。
 そして、その構造を解き明かすために、大澤さんの話は、山崎豊子の小説から始まり、戦前からの史上最強の柔道家、木村政彦と力道山のプロレス対決の話に及びました(このあたりの話は増田敏彦氏著の『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を引用」)。小学生の頃、プロレス中継で力道山の姿を見た記憶はあっても、その後、とんとその筋の情報からは無縁な僕としては、「へぇーそうなの」という話ではあったけど、「そこから対米従属に引っ張るか」というおどろきの展開でありました。
 でも大澤さんの論点の中心が、単に日本政府の対米従属姿勢にとどまらず、日本人全体の心理状況として、「アメリカに愛されたい」という意思が強く働いていると言わざるを得ない現代日本社会の分析というところにあった点には、いろいろと考えさせられました。日本人の価値意識の深層に、戦後日本社会の出発となった敗戦をどのように受け止めたのかという原点がある。そうした指摘は、以前、地域・アソシエーション研究所の講演会でお話を伺った、白井聡さんの『永続敗戦論』と通じるものがあるように思います。

資本主義市場経済への批判の視点を
 現代日本社会がTPPを必然的に受け入れてしまうもう1つの理由。僕が考えるもう1つの背景は、資本主義市場経済の存在そのものです。それは至極当然の話なので、今回の大澤さんの講演の中では触れられませんでしたが、このシステムの徹底化がTPPを必然化していると僕は考えています。
 でも、徹底化が叫ばれるということは、圧倒的な資本主義市場経済の下にある日本社会の中にも、まだそうではない社会がわずかではあっても現に存在し続けているということだとも言えます。
 人やモノや金をいかに迅速に動かすのかを競っているこの経済システムをどこかで批判しない限り、根源的なTPP批判は成り立たない。どこから、どう批判するのか。批判にとまらず、そうではない経済システムをどう構想するのか。どう実体的につくっていくのか。そうした視点もTPPを考える上で、重要なポイントではないでしょうか。
 ともあれ、「TPPが何時始まるのかと気になって、気がついたらすっかり引き込まれて聞いてしまった」とどなたかが話しておられたように、参加者の思考を大いに刺激する講演となったようです。

 

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