よつばつうしん
2013年12月号(NO.033)
視点論点
TPPは、いのちの市場化

内田聖子(アジア太平洋資料センター〈PARC〉事務局長)

 2013年7月23日、日本はTPP(環太平洋パートナーシップ経済連携協定)の交渉参加国となった。TPPとはアジア太平洋の12か国による貿易協定で、その最大の特徴は以下の点に尽きる。
@すべてのモノやサービスの関税撤廃(=徹底した自由貿易の推進)。
A関税以外にも、各国の法制度や基準、慣行などの「非関税障壁」についても一元的なルールづくりを目指す。
B徹底した秘密主義の交渉
C米国を中心とする多国籍大企業の利潤追求の手段

●大企業による暮らし全体の支配
 私たち国際NGOは、1980年代から世界中で進められてきた新自由主義政策と自由貿易の波に、一貫して反対し警鐘を鳴らしてきた。なぜならばそれは「いのちの市場化」そのものに他ならないからだ。すでに途上国・先進国を問わず大企業の進出により、水道や教育、医療などの公共サービスが民営化されている。私たちの周りには外国産の安いモノがあふれている。
食べものや水、医療や教育など、人間のいのちや尊厳に関わる産業はそもそも徹底した自由競争の市場(マーケット)に放り投げてはいけない人間の営みなのだ。しかしTPPは、まさにそれらを市場化しようとしている。「邪魔な規制を取っ払い、劣悪であっても安くて大量に生産できるものを地球の隅々にまで売っていこう、そうすれば大企業は儲かる」。これがTPPの理念である。
 TPPがカバーする領域は広く、農産品の関税、金融サービス、医療、労働、知的財産など実に21分野にもなる。これら全分野において、つまり私たちの生活や制度、文化まで含めて、丸ごと市場に投げ出されることになる。マスメディアでは当初から「TPPは農業対工業の問題」「農業の既得権益はけしからん。壊していかなければならない」などの論調が多くあったが、明らかに意図的なミスリードであり、実はTPPの本質とは、「国の形」や「私たちの暮らし全体」が大企業によって支配されていくというものだ。安倍首相は、アベノミクスのスローガンとして「日本を世界で一番、企業が活動しやすい国にする」と述べたが、まさにこれがTPPの目指すところである。

●秘密裡に進む非民主的協定
 私はこれまで3回、TPP交渉の現場にNGOとして参加したが、ステークホルダー(利害関係者)として参加していた多くは、米国の大企業だった。カーギル、フェデックス、GE、フォード、ナイキなど私たちもよく知った企業が、交渉官に対し「セールストーク」を盛んに行っていた。モンサントやシェブロン、ウォルマートなど名だたる企業約50社が加盟する「TPPを推進する米国企業連合」も参加していた。
 これら大企業は、日常的に自国の交渉担当官や国会議員などと密に連絡をとり、自らの利益を最大限TPP交渉に反映させるべく活動を行っている。つまりTPPとは「国と国との貿易交渉」という顔をしながら、実は米国を中心とする「多国籍企業」によるルールづくりなのだ。そして、交渉のプロセスはすべて秘密裡で行なわれ、参加国の人びとの暮らしに大きな影響があるにもかかわらず、決して知ることができない。これほどに不正義で、屈辱的で、非民主的な協定はかつての貿易交渉でも類を見ない。
 現在、参加国の間では「年内妥結」が目標として掲げられている。各国の財界は、一日でも早くTPPを妥結して、ビジネスチャンスを広げたいと願っているし、来年秋の中間選挙に向けて「功績」を残したいオバマ大統領は、何としてでもTPP妥結を目指している。
 しかし、参加国の間では足並みがそろっておらず、交渉が難航している分野もあるため年内妥結はほぼ不可能だといえる。企業の利益の側に徹底して立つ米国と、国内の貧困層やさまざまな業界の利益、公共益の側に立つマレーシア・ベトナムなどの対立の溝は深く埋まらない。日本はといえば、遅れて交渉に参加し、ほとんど主張ができていないにもかかわらず、米国のいう年内合意という急なスケジュールに真っ先に同調し、交渉推進に「協力」している。
 そもそも、自民党は選挙の際に「TPP断固反対」といって勝利したにもかかわらず交渉に参加し、交渉前には「聖域を守る」といっておきながら今では「聖域など定めていない」と主張する。「国民にできる限り情報開示をする」といいながら、交渉に入った後には「秘密なのでいえない」という。まさにウソの突き倒しをしてきたわけだ。このことが問われないまま、参加国の敷いたレールに乗ってなし崩し的に交渉が進められているというのが現状である。

●自由貿易の波を押し返そう
 ではこうした状況の中で私たちには何ができるのだろうか。
 全国各地の講演先で多くの方から「もう交渉に入ったんだから、何もできない」「絶望とあきらめで力が出ない」というような声を聞く。特に農山村での怒りと絶望は深い。
 しかし、あきらめている場合ではない。先に述べたように、そもそもTPPとは単なる貿易の問題ではなく、私たちの暮らしや社会全体を市場に投げ出そうとする攻撃だ。そのこと自体は、これまでも、そして仮にTPPが妥結しなかったとしても、引き続きやってくる大きな波なのだ。そう考えたとき、私たちは地域で、職場で、友人や仲間たちと、SNS上で、それぞれの運動をさらに大きくしていく必要がある。
 この2年で、各分野でTPPを反対している運動体やグループが横につながり、大きなネットワークを組むことができた。業界や組織の規模・性格の壁を越えて、つながりあうことも可能だろう。自由貿易の波を押し返していけるような地域づくり、暮らしづくり、仲間づくりには、情報と知恵、各自の異なる経験が武器になる。私たち一人ひとりは、微力ではあるが、決して無力ではない。


誰のためのTPP?
―自由貿易のワナ―

 何気ない日常を過ごす大学生がふとしたきっかけでTPPを追いかけていく。TPP交渉に参加した日本。自分たちの暮らしはどうなるのか。農業問題と工業問題に二分化する議論ではTPPの本質にたどり着くことはできない。これまでの自由貿易協定の中でもっとも規模が大きく分野も幅広い経済連携協定。米国議会の貿易担当議員ですら、その交渉内容を知ることはできない。秘密の協定の背後にいるのは誰か? そして自由貿易とは何か?

DVD/37分 定価 本体5,000円+税
貸出上映価格 10,000円+税(1回)

お問い合わせ:アジア太平洋資料センター(PARC)
電話03-5209-3455 Fax03-5209-3453
Mail: office@parc-jp.org Web: http://www.parc-jp.org/

うちだ しょうこ 1970年生まれ。出版社勤務などを経て2001年よりPARC事務局、2006年より現職。経済のグローバリゼーションが世界にもたらした貧困、格差、環境破壊について、多国籍企業研究、政策提言・キャンペーン活動を担う。現在はTPPをはじめとする自由貿易の推進への批判・提言活動を中心に行なう。
★情報はSNSで発信★twitter: @uchidashoko