よつばつうしん
2013年8月号(NO.029)


6月9日
山名酒造産地交流会(今期第1回目)
古跡さんの田んぼで田植え

 6月9日に兵庫県加東郡の生産者・古跡さんの田んぼをお借りして、酒米の田植えをしました。大好きな日本酒ができる過程を知りたくて、小学一年生の息子と参加。秋に稲刈り、冬に仕込み、早春にはビン詰めしマイラベルを貼って完成!!の4回シリーズです。カタログ『ライフ』でおなじみ山名酒造さんのこの好評企画は10回目だそうです。
 さて初回は、田んぼ1枚に参加者約20名が裸足になって入り、酒米・山田錦の苗を大事に植えました。山田錦は少し遅めの時期に田植え・収穫だそうで、出来上がった日本酒を思い浮かべながらの作業は楽しいものでした。泥パックしたいくらいやわらかくて気持ちの良い土で、子どもたちも嫌がる様子はなく泥の感触を楽しんでいました。
 ところで、皆さんは等間隔に苗を手植えする方法をご存知でしょうか。今回は、間縄(けんなわ)と呼ばれる間隔目印のついた細縄(ゴムひも)を田んぼの端から端に張って、みんなが横一列に並び各自3〜5条を目印位置に植えながら前進していくというもの。30センチずつ測りながらガイドラインとなる縄を前に進めてくださったのは古跡家の小学生の娘さん。りっぱな先導役でした。他には、せっかく植えた苗を踏まないために後退しながら植えたり、田植え定規なるものを使ったりするそうで、田植えは実に奥深いものだと勉強になりました。
 作業の後はおいしい昼ごはんと山名酒造さんのお酒をいただき、子どもたちはあぜ道や用水路でカエルやオタマジャクシをつかまえて大喜び。贅沢な時間をありがとうございました。
 10月の稲刈りを経て、創業享保元年(1716)の歴史ある山名酒造さんの酒蔵に入れていただけるのが楽しみ。稲刈りに向けて筋トレしておきます(笑)。

(淀川会員・刀祢香)

 

6月28日 山田松香木店(京都市)交流会に参加
つかの間、雅な世界に

 地下鉄丸太町駅から北へ歩き、御所の向かいの道を西に行ったところに、佇まいも美しく、いい香りのする建物がありました。そう、そこが山田松香木店さんの工房なのでした。
 「香道」はテレビで観たことがあったものの、未知の世界で、お作法などもちろんわかりませんでしたが、山田松香木店さんのスタッフの方が丁寧に教えてくださいました。
 香道では香りを「嗅ぐ」ではなく、「聞く」と表現することや、香木の香りは、香りの性質によって6種類に分類され、六国(りっこく)(伽羅・羅国・真南蛮・真那賀・寸門陀羅・佐曽羅)と呼ばれ、さらに五味(甘・酸・辛・鹹・苦)の組み合わせによって区分されるとのこと。また、香道の歴史は古く、源氏物語にも登場していることも教えていただきました。
 その後はいよいよ香道体験です。今回は聞香様式の一つである、組香(三種香)をさせていただきました。今風に表現するなら、香りあてゲームとでもいうのでしょうか。「香道」と言われるだけあり、準備中の一つ一つの所作も美しく、背筋がピンと伸びる感じでした。香りの「聞き方」のお作法も教わりながら、静かに心を香りへと傾けました。
 結果は、鼻には自信!?があった私でしたが、見事に外してしまいました。残念。今回は組香の中でも簡単な三種香でしたが、難しかったです。香りの世界の奥深さを感じました。そして、五感の鈍りを実感。
 組香を楽しんだ後は、「匂い袋作り」です。こちらも、最初にたくさんの香原料の説明をしていただいたり、実際に匂いを嗅がせていただきました。中でもマッコウクジラの腸で作られるという「竜涎香」が、私には一番インパクトのあるものでした。昔の人のチェレンジ精神に感服です。
 バリ島に行った時に知った、高級コーヒーの「コピ・ルアック」もジャコウネコが食べたコーヒー豆を糞ごと採取し、精製され作られているのと同じで、動物性の香りは人を虜にするのかもしれません。
 「匂い袋」は8種類の香原料を混ぜて作ったのですが、人それぞれ違う香りになったのもおもしろかったです。現在押し入れの中に入れて香りを楽しんでいます♪
 家庭や子育て、そして仕事に追われる日々のなかで、数時間でしたが雅な世界に誘ってもらえて、とてもリフレッシュできました。素敵な催しに参加できたことに感謝いたします。

(京滋会員・一井叔美)

 

読書クラブ会員―わたしのオススメ
「およぐひと」
長谷川集平【著】
2013年04月 解放出版社 絵本 B5判 32ページ 1680円(税込)
『ライフ』330号でご注文ください(注文番号63012)
推薦&書評:佐藤雄一(編集委員/ハム工場)

 不安定な格好で椅子に座り、列車に乗って逃げる母子の姿に眼は釘付けになる。そこから先へは進めない。この美しい二人を置き去りにしてぼくは何処に行けると言うのだろうか。
 およぐひと、にげるひと、言葉にして語りつくせない人、それぞれの東日本大震災、原発事故を透明で美しい線と輝きに満ちた色とで長谷川集平は、あの日の出来事を怒りを込めて私たちに投げかけます。しかしそんな怒りなど画面からは微塵も感じはしない。あるのは美しい人々の姿と平易な言葉だけだ。およぐひと、にげるひと、ともにもうこの世にはいない。彼らの死と破壊された日常、いまだに残る震災の傷あと、現在進行形で事態が悪化する福島第一原発について、ぼくはどうやって子どもに伝え、大人としての責任を果たせばよいのだろうか。
 「はせがわくんきらいや」から37年、作者自身がひとつの到達点と位置付ける『およぐひと』はデビュー作同様、絵に描かれなかった場面、文の行間に想いを馳せなければ先へ進むことはできない。描くより読むのが難しいと作者自身が告白する通り、答えは用意されてはいない。ただ主人公は現実に寄り添い抱きしめるだけだ。そしておよぐひと、にげるひとに祈りを捧げ安らかな眠りを願う。
 多大な破壊と犠牲を前にしてまず始めにしなければいけない事と次になすべき事を的確に絵本『およぐひと』は教えてくれている。