よつばつうしん
2011年12月号(NO.009)

福島とチェルノブイリからのメッセージ
(NPO法人チェルノブイリ救援・中部 河田昌東)

(1)福島原発震災をもたらしたもの
 巨大地震と津波に加え、放射能は震災に見舞われた東北地方の人々の救援や災害対策をいっそう困難にしている。核と放射能の根源的な怖さを専門家も為政者も軽視し、原子力産業をあたかも日本の技術の誇りでもあるかのように育ててきた。しかし、自然の威力は一瞬にしてすべてを奪い去った。近代文明に生きる人間の慢心と謙虚さの喪失こそが今回の原発震災をもたらした、といえるのではないだろうか。

(2)チェルノブイリと福島、汚染の広がり
低出力運転中に突然暴走爆発したチェルノブイリ原発と、地震と津波による冷却装置破壊の福島原発事故は、原因は異なっても生じた放射能汚染の結果は極めて似通っている。チェルノブイリでは10日間放出放射能が風の流れるままに向きを変えて拡散し、雨で降下して大地を汚染した。汚染面積は日本の約3分の1に当る12.3万平方キロメートルに当る。日本でも放射性セシウムが観測された。一方、震災から3カ月経って政府と東京電力はようやく原子炉3基の炉心溶融を認めた。溶けた燃料の一部は、圧力容器を突き抜け、格納容器からも流出している、という。福島原発事故は、汚染面積ではチェルノブイリ事故より少ないが、土壌汚染レベルでは既にチェルノブイリを越えている場所もある。ウクライナでは放射性セシウムによる汚染が55.5万Bq(ベクレル)/km2以上は居住禁止区域だが、福島では60万〜3000万Bq/ m2の汚染地域が広がっている場所でもまだ多くの人々が住んでいる。放射性セシウムの放出量で比較すれば、チェルノブイリ原発からは広島原爆の500発分、福島原発からは168発分である。

(3)長く続く食品の汚染
福島原発から放出された放射能はたちまち野菜やお茶、水道の汚染をもたらした。揮発性の高いヨウ素131による汚染は特にひどく、ほうれん草は茨城県で1kg当り54100Bq(基準値の27倍)、栃木県で5700Bq(同2.9倍)、群馬県で2630Bq(同1.3倍)などが検出された。キノコ類は特に汚染しやすいことが知られているが、4月8日に飯舘村で採取されたシイタケからは、1kg当りヨウ素131が12000Bq(基準の6倍)、放射性セシウムが13000Bq(26倍)検出された。
 県の発表では3月21日採取した原乳から1L当り5300Bqのヨウ素131(基準の17倍)が検出された。国は基準を超過した農産物を検出した4県に対し出荷制限を命じ、同時に消費者に対する摂取制限を指示した。放射性フォールアウトは首都圏水道水の汚染ももたらした。東京都葛飾区の水道水から1L当り210Bqのヨウ素131が検出され、乳幼児の摂取制限値である100Bqを越えたことから、東京都と政府は乳幼児へのミルクなどに使わないように呼びかけた。
お茶は最も汚染しやすい植物の1つである。5月に入り各地の茶葉から高濃度の放射性セシウムが検出され始めた。群馬県渋川市では1kg当り780Bq、千葉県野田市、山武市、富里市、成田市などで622〜763Bqの汚染が見つかった。福島原発から400km以上はなれたお茶の名所、静岡県内でも6月になり各地のお茶から129〜678Bqの放射性セシウムが検出され産地を直撃している。
魚介類も当然放射能汚染から免れない。政府は海産物や魚介類の汚染調査をほとんど行なっておらず限られた情報しかないが、4月4日茨城沖で捕れたコウナゴからは、ヨウ素131が1kg当り4080Bq(暫定基準の2.04倍)、放射性セシウムが447Bq検出された。コウナゴは汚染されたプランクトンを食べ、汚染されやすい魚である。食物連鎖により時間が経つにつれて上位の魚介類の汚染が酷くなっていくはずである。
牛肉のセシウム汚染も大きな問題になった。福島県産や宮城県産の稲わらを食べた肉牛から次々と基準を超える牛肉が検出された。こうした事態を招いたのは、政府の「基準を超えれば対策をこうずる」という結果主義である。異常事態をあらかじめ想定し事前に最悪の場合に備える、という「予防原則」の立場にたてば多くの畜産農家と消費者に無用な不安をもたらすことにはならなかったはずである。今回の騒動で明らかになったのは、現在の日本の極めて複雑な流通機構による放射能汚染の拡大である。

(4)食品の暫定基準の早期改定を
 福島原発震災が起こるまで日本には食品の放射能汚染に関する基準は無かった。唯一、1986年に起こったチェルノブイリ原発事故による輸入食品を監視するために全ての食品に対し、1kg当り370Bqの基準を設けただけであった。震災を受けて急遽作られた暫定基準は極めて高いレベルに設定されている。チェルノブイリ事故によって大きな被害を受けたウクライナやベラルーシでは、事故後10年経って、国民の被曝の70〜80%が内部被曝による事実を踏まえ、食品基準の大幅な改定を行なった(図1、表1)。これらの国では、日常たくさん飲み食いするものは基準を厳しく、あまり多食しないものは緩く、といった現実生活での内部被曝防止を目指しているが、日本の暫定基準は場当たり的で具体的被曝防止の視点に欠けている。現在、この暫定基準値以下になったとして、様々な野菜や肉類、魚介類が出荷制限を解かれて市場に流通している。このままの状態が続けば、日本人全体の総被曝線量は上がり、チェルノブイリで起こった様々な病気が数年後には日本の現実となろう。

(5)放射能とともに生きる世界
今後、私たちは否応なしに放射能にまみれた環境の中で暮らしていかなければならない。それは地面に降り積もった放射能との長い闘いの始まりを意味する。放射性ヨウ素131は半減期が8日と短いが、放射性セシウム134の半減期は2年、セシウム137の半減期は30年である。これらは長く土壌にとどまり、そこで栽培される農作物や牧草を汚染し、あるいはそこで暮らす人々の呼吸を通じて放射性粒子(ホットパーティクル)は体内に取り込まれる。こうした内部被曝により細胞が放射性元素の直近で被曝し遺伝子が破壊される。政府は、福島の汚染地域に居住する人々の年間被曝線量基準をICRP(国際放射線防護委員会)の勧告する1〜20mSvの上限いっぱいの20mSvとした。福島の子どもたちの未来を守れる基準ではない。こうした甘い基準の根拠は広島・長崎の被曝者の調査による「外部被曝」である。マスコミに登場する専門家たちは、100mSv以下ならガンや白血病の心配はない、と公言している。しかし、私たちがチェルノブイリで見た現実は全く異なる。チェルノブイリの内部被曝ではガンや白血病は生じた病気の一部に過ぎない。ウクライナでもベラルーシでも、事故後に最も多くなったのは、心臓病や脳血管病、糖尿病などの内分泌病、免疫力低下による感染症である。
福島原発震災によって、私たちは否応なしに放射能とともに生きざるを得ない世界に突入した。ウクライナの被災地の住民が、自分たちを「チェルノブイリ人」と名乗ったことを思い出す。今後長く続く放射能との戦いの中で私たちはいかに生き、未来を担う子どもたちを守ることができるかが問われている。今からでも遅くない、やはり原発は核兵器と同じく人類と共存できない存在だった、と多くの人々が気づき、ライフスタイルの見直しを含め、新たなエネルギー社会を構築し未来の世代に引き継ぐべき大きな転換期を私たちは迎えているのである。


図1

かわた まさはる 2004年に名古屋大学を定年退職。現在、四日市大学非常勤講師。専門は分子生物学、環境科学。1960年代から、四日市公害裁判や芦浜原発建設反対運動などに参加。1990年より、チェルノブイリ原発事故の被災者支援に取り組む。1995年からは、遺伝子組み換え問題にも取り組んでいる。