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2011年7月号(NO.004)
東北の米づくりを応援してください
田植えを終えた産地から
生産者紹介 大矢商店、名護珈琲、中尾食品
生産者紹介 穂坂中央果実組合 、別院協同農場
農と暮らす農で暮らす
6月の産地交流―山田松香木店交流会(京都市上京区) /
おたより掲示板
よつ葉の大豆くらぶ/読書クラブ会員−わたしのオススメ
東日本大震災支援活動
石巻・高橋徳治商店はじめ被災生産者への支援をおこなって
藤村靖之さんインタビュー―「非電化工房」を訪ねて
少ないエネルギーで愉しく暮らす
韓国だより/上関原発建設予定地島民から/
編集編集委員からの一言/EVENT INFORMATION



東北の米づくりを応援してください
田植えを終えた産地から

 先月号のこの紙面で、原発事故の影響で変化のあった「よつ葉の予約米」の申し込み状況を報告しました。影響を受けて予約申し込み数が大きく減じたのは青森・新農業研究会と山形・おきたま興農舎のお米だったのですが、今回はこの2つの産地から、この秋の収穫に向けて田植えを終えたばかりの、それぞれの思いを記してもらいました。…連綿と続く生命の営みの中で、力まず、諦めることなく、ただ淡々とやるべきことを、やるべき時にやるのみ、という強い意志を米づくりに託して進まれているようです。私たちよつ葉にできることは限られてはいるのですが、少しでもそこで暮らす人たちに寄り添う気持ちを持って、一緒に進んで行ければと思うのです。(よつば農産 深谷)
「お米通信」もご覧ください。


原発事故と青森の米づくり
青森・新農業研究会 一戸 壽昭

 今度の東日本大震災および、原発事故の発生に対し、国の突発的事故、危機に対応する危機管理体制の不備や政策の立案実行能力が無いことが鮮明になりました。また何の根拠もなく「ただちに健康に影響はありません」と政府の発表を報道し続けたマスコミにも責任はあり、消費者の不安を煽る原因にもなったと思います。
 青森県の稲作農家が抱える不安と問題点、そして新農研の今後の米づくりの考え方について書きたいと思います。一つには原発事故による放射性物質の拡散問題。二つにはそのことによる風評被害の問題です。
 放射性物質の拡散については、国の発表とは別に青森県および各市で独自に調査発表しています。5月29日現在では、放射線量が事故前より多くなったとのデータは出ていません。これは青森県内の季節風によるものだと思われます。むしろ関東以南の放射線量の多い日が続いています。
 大きな問題は風評および風評被害です。青森県津軽地方では震災被害も軽微だったこと、放射性物質拡散の影響もなく、例年同様田植えもほぼ終わり、畔や農道の草刈りなどの作業中ですが、何かと風評が伝わってきます。
 もともと原発推進は自民党政権が電力会社と一体となって進めてきたもので、民主党政権でも継続されてきた政策です。この事実を無視し、風評という言葉で被害処理をするのは国・電力会社の責任を消費者に転嫁し責任逃れを計っているとしか思えません。
 風評被害の怖いのは地域に限定がないことなのです。まして青森県の米に保障があるはずもありません。しかし私たち米生産者にも風評被害を出さないための努力が必要なのは当然の義務でもあります。新農業研究会の米生産者とよつ葉の会員の皆さんとが長年培ってきた信頼関係を再確認し、よつ葉の各所とより関係性を深める必要があります。
 私たちは、土壌分析による放射性物質含有量、放射線量の確認をし、WHOやIAEAの基準を基に、よつ葉と情報交換や対応を協議し、会員の皆さんに必要な情報を提供するつもりです。私たち青森・新農業研究会は、今まで通り、作る人も食べる人も安全で安心な米を作り続けます。


農の営みは、めぐる季節と相和して―
山形・おきたま興農舎 小林 亮

 4月中旬という、記憶にない遅い雪解けから1月半。苗の出来もよく、水温も地温も季節に合わせて上昇し、この分だと作業の遅れが秋に響くこともなさそうで安堵の胸をなでおろしています。それにしても、3月11日の震災、津波被害の過酷さ、併発した原発事故の発生は、予知されていたにも関わらず、余りに大きな爪跡を残しました。
 古くは足尾銅山、水俣病や四日市、薬害エイズ、C型肝炎etc.…軍事増強や経済至上主義といった国策の前に、虫けらのように命を奪われた余多の犠牲を如何に歴史の教訓として活かせるか。他者を省みない、目の前の利益最優先社会を構築して来たこの国の社会構造を根底から見直す基点とする他ないのでしょう。
 もとより有機農業は、1961年の農業基本法制定以来、急速に進んだ「大量生産―大量消費」時代の趨勢に乗った、化学肥料、化学農薬の大量投与と近代農機の投入による専作規模拡大路線に抗して歩み始めました。人体を損ねる化学物質の脅威は原因不明の内臓疾患、神経障害という現実の健康被害の増大によって、心ある農民は自らの命を守り、生産した農産物を消費してくれる他者への健康に配慮して近代農法との決別(73年)=有機農業への一大転換を画したのでした。
 不利益を開示せず、言葉巧みに誘導するその巧妙な手口と大多数国民の血税を目的のためには手段を選ばずバラマキ通すその体質に今も昔もありません。その権力構造=社会的不条理との闘いが私たちの有機農業の原点であり、公正な社会の実現に向けて親から子へ、子から孫へと農村の現場で生きる道を選んだのでした。
 幸か不幸か、先日耕作前に計測した、我家の有機圃場の土からは、ヨウ素0、セシウム113ベクレル(4月25日測定)でした。
 いつ再び爆発するか、予断はできません。注意深く推移を見守りながら、安全に支障ないことを確認の上出荷することの御約束は果たす所存です。
 今こそ子や孫に凛とした背中を見せる時だと秘かにホホエミツツ(―ヤセタ背中ではありますが―。)(6月3日、田植終了日に)