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2011年5月号(NO.002)
被災生産者も迎え「水産懇談会」を開催
一次の生産を軸に社会の転換を
生産者紹介 庄分酢、童仙房茶舗 、土佐佐賀産直
生産者紹介 アグロス胡麻郷 、和歌山・玉井農園 /
支援物資へのご協力ありがとうございます。
2011.3/12・13 「タイ・バナナ無農薬」生産者交流会/
会員さんからのおたより
九州食育取材第2弾 生ごみ先生の元気野菜 /
読書クラブ会員−わたしのオススメ
東日本大震災被災地に支援物資を搬送 /
支援金の報告(1) /瀬戸田の柑橘で被災地支援
視点論点 東京電力福島第一発電所事故
海への影響について知っておくべきこと
韓国だより/ネパールつうしん/
上関原発建設予定地島民から―ともに平穏な日々を願って/
編集後記 /EVENT INFORMATION



被災生産者も迎え「水産懇談会」を開催
一次の生産を軸に社会の転換を


被災した漁船

 4月2日、各地の漁業関係者が集い、漁業の現状と課題について話し合った。
 大災害が発生し、非常時下での懇談となりました。議論は災害のこと、原発の最悪の事故と今後当面予想される様々な出来事を考えながらの懇談となりました。
 この災害によって、三陸沿岸部の漁業が壊滅的な打撃を受けました。集いには、いのちだけは助かった石巻にあるパプアニューギニア海産の武藤さん、家もナントカ無事であったが港の損壊、漁船の大半が破壊されて漁業環境が失われている宮古の丸友しまかの島香さん夫妻も参加。二人からは、被災地の言葉で言い尽くせぬ状況を語ってもらいながら、再建への強い決意をもらいました。
 参加者一同も彼らの再建に支援を惜しまないことを確認しあいました。
 最初に議論になったのは、残念ながら、原発事故のことでした。漁業・水産物への影響は今後厳しいものが予想されます。放射能汚染は人々の努力を台無しにし、根こそぎダメージを与えてしまう類の災害です。
 私たちの周りにはすばらしい食の生産環境がありました。それを壊し続けてきたのが近年の工業社会の歩み。原発はその最も象徴的な人工物です。危険極まりないものを「目先の便利さ」のために容認してきた付けが回ってきたというべきです。
 これ以上の汚染拡大を防いでほしいと願いますが、すでに放出された大量の放射性物質がなくなるわけでもありません。広島・長崎の原爆にはじまり、度重なる核実験、夥しい原発建設と繰り返される原発事故、それらのすべてで放出された放射性物質は積もり積もり次の世代へ引き渡さていくことになります。次の世代は私たち以上の災難を最初から背負わされることになります。
 より良い食のあり方を求めて、自身の生き方として生産に励んでいる人々がいます。私たちはそんな人たちと一緒になって活動を作ってきました。水産物も各地の漁業者と連携して事業を進めてきました。今後もそのことは変わりません。そんな思いを込めてつくられたものは、出荷可能な限り私たちは当然食べますし、扱っていきたいと思います。今後、出荷不能を強いられる生産者が出てくる可能性もあります。その時には、新たな形での支援を考えておく必要性があります。
 産地の人々と痛みを分かち合うことが出来なければ、私たちの仕事自体が社会的な意味を失うことになります。

原発事故は明白な人災

 原発が必要な「経済の成長」など望みません。豊かな恵まれた食の生産環境、海や畑、川、山をもうこれ以上壊すのを止めようと言いたいです。原発事故は明白な人災です。
 一次の生産が元気にならなければ良い食のあり方など生まれるはずがありません。この大災害からの「復興」が農業・漁業など一次の産業が再び活力を取り戻す、社会の歩みを転換する、はじめの一歩となることを願うとともに、その方向に私たちは今まで以上に努力していきます。(編集部・鈴木伸明)


被災生産者からのメッセージ

丸友しまか

 思いもよらない津波でした。私どもは海から5kmほど陸に入った所にあり大丈夫でした。2日間の停電と断水でラジオだけが頼りの心細い生活をしました。いざ、電気が来てテレビを見ますと地獄です。一瞬で街が瓦礫の山、知人が海に消えていきました。
 元の生活が出来るまでには時間がかかりますが、この宮古で生活していきます。少しずつ、前の様に、宮古周辺で漁獲される魚、自分の思い入れのある魚を一番美味しい時期に皆さんに届けられるようガンバリます。
 若い漁業者が中心になって、この仕事が好き、漁業以外にこれからのことは考えられない、と瓦礫の中から使えるものを拾い出し再建に動き出しています。4月11日から宮古の市場が再開します。
PS:カキの生産者も“頑張っぺーすか!!”と言ってます。また、おいしいカキもお届けしますので……。(島香 尚)

パプアニューギニア海産

 宮城県石巻市にあった工場は津波に襲われました。社長と社員一名は取り残され屋根の上で一夜を過ごし、翌日早朝に自力で脱出しましたが肉体的にも精神的にも疲労しています。また2名の従業員の安否も確認できていません。契約していた冷凍庫も被害にあったため、原料や製品も失ってしまいました。
 こんな状況ですが、私たちは大阪で会社の復旧に一歩踏み出しました。パプアニューギニアの海老を販売することは私たちにとっては仕事というよりは生き様と言ったほうが適切かもしれません。そして嬉しいことに石巻で生まれ育った若い社員も大阪で共に頑張る決意をしてくれました。どうぞこれからもパプアニューギニアの海老をよろしくお願いいたします。(武藤北斗)