ひこばえ通信
2010年2月号(第283号)

ロゼーラ(ハイビスカスティ)の生産者を訪ねて
福井 浩(ひこばえ)

 前号で報告したタンザニア・ルカニ村へのコーヒー・スタディツアーの後、同じタンザニアの中部の町、ドドマを訪問しました。『ライフ』で取り扱っているハイビスカスティ「ロゼーラ」を出荷している椿延子さんに会い、ロゼーラの栽培地を見学することが目的です。
 但し実際には、5〜6カ所の村をかけ足で回る行程で、おまけに訪問した9月は乾期なので、ロゼーラの収穫は既に終了。畑に残っていたのはロゼーラが枯れた後でした。雨期なら緑の絨毯のような畑の中に白と赤の鮮やかな花が咲いていた筈なのに…残念。
 それでも訪問した村はそれぞれ興味深く、楽しかったのですが、中でも特に印象深かったのが、最後に訪れたマジェレコ村でした。

学校に行くことは牛飼いを学ぶことよりも大切なのでしょうか?

 この村では、町の生活から隔たった伝統的で自給的な生活(牧畜と雑穀を主とする農耕)を続けていて、電気も通っておらず、一般的には「貧しい」とされます。この地域の人たちは、元々半遊牧的な生活をしていた人々なので、特に牛を飼うことを大切に考えています。そして、牛を飼う上で重要なことを学ぶ時機が、ちょうど子どもたちの学齢期に当たります。そこで村人たちは、牛を飼うことを学ぶことの方が、学校に行かせるよりも大切なことだと考えています。しかしその結果、彼らは「教育熱心でない」、「だから彼らは貧しいのだ」と評価されがちなのだそうです。しかし、本当にそうなのでしょうか?
 マジェレコ村で見せてもらったのは、村の青年団みたいな30人くらいの集団が演じてくれる素晴らしい歌と踊りでした。これを見て僕は、マジェレコ村の人々にとって、この歌と踊りが持っている意味、価値、あるいは歴史とか生活文化とか、…諸々の大切さが判ったような気がしました。彼らにとって歌と踊りを演じることは、学校に行くよりも学ぶことが多く、映画やテレビを見るよりも楽しく、お金には換えがたい喜びと大切さがあるのです。
 日本にいる私たちがついつい常識だと思っていること−「豊かさ」とか「教育」などが、実はそうではないかもしれないこと。その疑問を持ち続けることが、結構大切なのではないでしょうか。今回、タンザニアの旅を通じて改めて感じました。