ひこばえ通信
2008年9月号(第266号)

めざせ!半歩先 〜命つむぐために〜
第24回:「宝子」のメッセージ

渡辺美穂(フリーライター・西日本新聞社『食卓の向こう側』取材班)

 命をつむぐ母胎の仕組みは、本当に神秘的です。食べものの栄養は、まず、赤ちゃんに送り届けられる。次の世代を守りはぐくむ本能でしょうね。
 半世紀以上前、熊本県水俣市で「水俣病」が起きました。チッソ工場が海に垂れ流した有機水銀で魚が汚染され、それを食べた人たちが次々と脳の神経障害を起こした事件。ただ、同じ魚を食べていたのに、妊婦さんだけは軽症だった…。つまり、食べものの栄養と同じく、有機水銀もまず、胎児に蓄積されたのです。胎内で水銀を浴び、脳の障害で言葉も交わせない胎児性水俣病の子どもを、家族は「宝子や」と言いました。「母ちゃんの水銀を背負って生まれてきてくれた、宝子や」と。
 人類初めて、胎児が公害病になった事件。本当に弱いのは、守るべきは誰か―。それを学ぶべき出来事でした。
 今の子どもたちには、「そんな時代もあったけど、大人はこう対処したんだよ」という伝え方をしたい。でも実際は、胎児性や小児性の被害は十分調査されておらず、いまだ救済に至っていません。
 そんな「宝子」世代が立ち上がりました。「水俣病被害者互助会」(原告9人)として昨秋、国と熊本県、原因企業を訴えました。「胎児性や小児性を含む被害実態を解明するため」と、進行する体の痛みを抱えつつ、資金集め、資料作りに奔走しています。
 原告団長・佐藤英樹さんは、風光明媚な水俣の丘で、完全無農薬の甘夏を栽培しているミカン農家(本当にジューシーでおいしい!)。
 「虫を殺すために薬をまくと、子どもたちに返ってくる。食物連鎖で起きた事件と同じことはしたくない」。ミカン箱に印刷された赤ん坊の絵にも、その思いがにじみます。
 先日、裁判への支援を求めるパンフレットが届きました。「行政は頭の中と心を洗い流し、純粋な心にもどり、人の痛みがわかる人間に生まれ変わらないと正しい考え方は絶対にできないと思います」。
 行政だけの問題じゃなさそうです。私たちも無関心のままでは同じこと。食の安全、環境の安全を言っても、どれだけ「胎児基準の安全」に目を向けているか…。佐藤さんたちのメッセージは、「過去の検証」にとどまらないと感じました。近くでは関われないけど一番怖いのは無関心。私は、ささやかなカンパと甘夏の応援をすることにしました。
 水俣市にある胎児性の方々らの授産施設「ほっとはうす」では、語り部としての交流活動、メンバーが摘んだ押し花付き名刺(素敵です)の作成をしています。名刺の注文も、応援の取っ掛かりになりそうですね。
 水俣病被害者互助会事務局=0966(63)8779。ほっとはうす=0966(62)8080。