ひこばえ通信
2008年9月号(第266号)

おたより掲示板
ちょっと知ってほしいこと
全 京子

 私は脳性まひで、普段は電動車椅子で生活をしている。そういう生活をしながら普段体験することの中から、みなさんにも少し考えてほしいことを書かせていただきました。
 この世の中、いろいろな差別がある。男女差別、人種差別、国籍差別、部落差別……そして障がい者差別。一般的に障害者への差別は自分(健常者と思っている者)と比べ、劣っていることに対する優越感から生まれることが多い。
 例えば、歩行障がい者に対し、歩けないから、歩くのが遅いから、歩き方が変だからということで自分との違いを差別へと繋げる。それは他の差別にも当てはまることである。男だから女だから在日だから部落出身だから。 この「〜だから」が実に曲者で、「〜だから」とくれば、次に来る言葉は「〜であるべき」だ。
 よく、障がい者に対し子ども扱いをする人がいるが、その人は親切に優しく接しているつもりだと思う。これが当事者には実にうっとうしく腹立たしい。実際にこんなことがある。友だちが目の前で倒れ、搬送先の病院に向かおうと交番で道を聞くと「お家はどこかな?」と返してくる。あるいは友だちと入った飲食店でメニューを見ていると「字が読めるの? 偉いね」と言ってくる。こんなことは日常茶飯事である。
 障がい者は無知で何もわからない、何もできないであろう。かわいそうで気の毒。または純粋無垢などの偏見が勝手に障がい者像をつくり、優しく“してあげている”という勘違いがそうさせているのだと思う。確かに障害があることで社会経験が乏しくなることはありうることだ。が、その人自身は人として劣っていることでは決してない。
 障害があるということで、その人を否定したり、色眼鏡で見たりすることは決してしてはならない。自分勝手な障がい者像はその人を否定することと同じことで、優越感から来る優しさは本当の優しさではなく、自己満足でしかない。それは差別そのものであるからだ。