ひこばえ通信
2006年3月号(第236号)

共済だより きらら日記(6)

 ざざっーと足元から砂地がくずれだすかのような記憶の崩壊。原作(小川洋子著)も映画も今話題の『博士の愛した数式』ですが、そこに描かれるのはたった80分しか記憶が持たない記憶障害の主人公です。最後のシーンでの「瞬間の中に永遠の時が在る」というようなフレーズに身の回りの認知症高齢者のさまざまな表情が脳裏をよぎりました。

記憶は消えても信頼関係は残る

 実際の認知症高齢者の多くは80分どころか寸時の記憶すらとどめることが困難です。それでもその方たちの一瞬一瞬の喜びや充足の中に永遠の時間を感じることは少なくありません。忘れるからこそ、今の一瞬がかけがえなく大切。さらにこんな実感があります。幸せな時をともにすごした私たちとの関係は、記憶は消えても信頼関係となって残るのではないかということです。
 今年の新年会は珍しく外食形式となったきららのグループホームでした。近くの鍋料理店にでかけました。外食も全員が出席となるとなかなか大変です。説得を重ねたり、体調の変化に気遣いながら車に乗ってもらいます。手早い対応が大事です。もたもたしていると状況がつかめずまた部屋に戻ったり「聞いてない」の苦情に一からの説得になるからです。入居者6人にスタッフ10名の参加となりました。美味しい鍋料理にビールがあくピッチも上がり、あとはスタッフも入居者もともに無礼講の歌や踊り。入居者のはしゃぎぶりにこちらまでうれしくなり、今夜はさぞ、皆さん安眠してもらえるねと顔を見合すスタッフでした。
 普段外出に消極的な人までが上機嫌で「来てよかった」とホームに帰ったところ、帰宅そうそう血相を変えて怒り出したのがNさんでした。料理やカラオケに大喜びしていたときの表情はすでに消えうせていました。だれかが留守の間に私の部屋に入った、と体を振るわせて怒っています。娘さんがNさん訪問時に置き忘れた手袋を侵入者のものだと勘違いされたのでした。

▲きらら新年会
 家族が認知症の高齢者に音を上げるのはこんなときでしょう。スタッフがボランティアで土曜の深夜まで付き合い、会費も自腹の新年会。そんな努力と苦労に冷や水をかぶせるようなNさんの激昂にスタッフからもため息がでました。
 ところが怒りの発作がいつになくあっさりとおさまったのです。感情失禁が激しく、対応のまずさでは暴力寸前まで行きかねないNさんですが、私たちが「娘さんがこの前来たとき、忘れられたそうですよ」というと「そうかな」と首をかしげながらも落ち着いて部屋にもどられたのです。「何か腑に落ちないけど、あんたらがそう言うのなら……」
 共に過ごした楽しい時の記憶は消えても、そこで生まれた信頼関係が互いの心をつなぐ深い絆となりました。
(松永美保子)