ひこばえ通信
2006年3月号(第236号)

野良仕事のひとりごと 3月の雪
赤石果樹出荷組合 平澤 充人

 3月になった。カミソリで刻んだように厳しかったアルプスが、薄い青紫色のもやにやさしく包まれる。厳しい冬だったが季節はちゃんとめぐってきたのだ。しかし時として重いドカ雪が降り、ひと晩に20cmも積もる(雪国の人には笑われそうな量だが)。けれども陽が出て気温が上がると、春の雪は音を立てて溶ける。
 雪解け水は屋根からピッチピッチと樋に落ち、ジョジョジョと立て樋を伝わり、ジョボジョボと側溝に流れ出る。朝は一面の雪景色だったものが午後にはもうゆらゆら、かげろうが立つのである。
 A君の父親が逝った。私の地域は昭和の初めに私の父たちが開拓したところで、A君の父親が開拓世代の最後の生き残りだった。90才を越え、倒れる寸前まで働いていた。いい逝き方だったなあ、と思う。が、問題はこれからのことである。A君は母親と2人きりになった。未婚だったので子どもはいない。母親も90をすぎているので、農作業ができるのは60を越した彼1人。これからどうやって作りこなすか。
 結婚はしていても子どもがいない、いても農業でなく別の職業に就いたり、都会へ出ている家もある。そうして、ついこの間まで畑や道で顔を合わせていた先輩たちが「入院した」「ケガをした」という消息が伝わってくる。
 荒れた畑が多くなった。去年は収穫しないままのりんごや柿の畑が目についた。持ち主が急に倒れたり、はじめから手入れしないまま秋になったのだ。一昨年まではこんなことはなかった。去年、急にそういう畑が増えた。
 農水省の統計によると、日本の農業の担い手の半分は65歳以上である(私ももうすぐこの範疇に入る。少し寂しいが仕方ない)。75歳を過ぎてなお元気で働く人は多いが、おおざっぱにいってあと10年したら日本の百姓の数は半分になるのである。
 農地解放、食糧増産、農家の二三男対策、農業の曲がり角、構造改善事業、水田減反、食糧は外国から買え、農村の補助金は無駄使い、有機農産物、トレーサビリティ……。
 敗戦後、いろいろあってもそれなりに持ちこたえてきた農村。しかし、ここへきて、3月の雪のように百姓たちが減っていく。