ひこばえ通信
2005年8月号(第229号)

暮らしからの政治(14)
行政は誰のため? 何のため?

高槻市議会議員・松川やすき

 高槻市では、この6月議会に「高齢者市バス無料制度見直し案」が提案されました。私は、「公共交通のあり方・必要性を議論せず、市バスの赤字を高齢者に押し付けるだけだ」と終始一貫して反対を唱えました。すったもんだの結果、見直し反対18票、賛成17票のわずか1票差。それも前代未聞の常任委員会、本会議での記名投票で否決され、制度継続となりました。
 今回の提案でもそうですが、議会や行政でこの間しきりに飛び交っているのは「受益者負担」「負担の公平性」「受益と負担のバランス」「持続可能な制度のため」というもっともらしい言葉です。これらの言葉は介護保険施設のホテルコストの全額自己負担、障害者自立支援法の定率負担、高齢者の医療費負担など行政サービスの切捨て、特に福祉サービスの切捨ての根拠として用いられています。私は行政が自信満々にこの言葉を口にすることに非常に憤りを感じます。「行政とは誰のために、何のためにあるのか」という基本が行政の側だけではなく、議会の側にもバッサリ抜け落ちている。だから議論の中心が「一体いくらが適正か」というところからスタートする。負担を強いないためにどうすべきかの議論にはならない。
 私は、政治や行政は突き詰めて言えば高齢者や障害者、子どもといった社会的に弱い人たち、失業者といった競争社会により作り出された人のために存在するものだ思っています。それでなければ意味がありません。そして私たちの側がまずこの点をしっかり踏まえ、日々の暮らしの中で実践していくことが必要です。でないと、生活が苦しくなればなるほど、見えなくなり、本来なら支え合うはずの私たち自身が、より弱い人を蹴落とし、今以上に激しい競争社会を作り上げていくことになってしまいます。日々意識し実践することは非常に難しいことだが大切なことです。