2004年9月号(第218号)

“トレーサビリティ”に想うこと   能勢農場/津田道夫
「農林水産業の再生が私たちの社会を元気にする」(仮題)
訃 報   神保照子さん
7/27 肥後れんこんの里親子料理教室
7/3 にんじんクラブでソーセージづくり
野良仕事のひとりごと
放牧に徹し、輸入飼料を排除   中洞牧場/中洞 正
会員取材レポート 価格について考え直す
ぐるーぷ自己紹介 京都精華大学森林マネジメント研究会
会員のひとりごと 私的快適?日記 最悪編
暮らしからの政治(3)
共済だより よつ葉サロン「霜月会」大盛況
BSE 署名にご協力ありがとうございました
海からの便り 第12回 藻場を考える……その2



“トレーサビリティ”に想うこと
能勢農場/津田道夫

 政府は米国産牛肉の年内輸入再開にむけて米国政府と協議に入っています。しかも国内で行われてきたBSE全頭検査を見直し、20ヵ月齢以下を検査対象外にする方向で調整が進められています。食の安全より米国との関係、なのでしょう。こうなってくると、12月に施行される「牛肉トレーサビリティ法」も、安全性に疑問がある牛肉が出回ることを前提として、消費者の不安をそらすために準備されてきたのか、と思わざるをえません。よつ葉の牛肉は、自前の農場・自前の加工場から会員の皆様にお届けしています。わざわざ「トレーサビリティ」を謳う必要のない体制を築いてきた方向性の正しさを確信し、今後も会員の皆さんと協同してこの方向を一歩一歩進んでいきたいと考えています。


 日本の牛肉トレーサビリティ法の施行が3ヵ月後に迫ってきた。食肉関係や流通関係の新聞や雑誌には、連日、トレーサビリティ関係の記事が載り、トレーサビリティ対応のコンピュータ機器の宣伝が目につくようになっている。「全てがビジネスチャンス」という印象が強い。JAや全国の生協、ジャスコやダイエーといった大手スーパーが、先を争って、牛肉の履歴開示システムを立ち上げ、宣伝し始めている。テックやイシダ、オムロンといった機器メーカー、システム企業が、トレーサビリティ対応のシステム機器をつくり上げ、売り込みに必死なのだ。「何のために」という法規制の目的は益々後へ追いやられ、商品を売るための宣伝と対策ばかりに注目が集まる。

忘れ去られた安全確保という大義


▲トレーサビリティ視察のため先進地ドイツを訪問。
  ベルリンの生産・流通業者(ノイランド)と交流。

 そもそも、牛肉トレーサビリティ法制定の出発は、日本におけるBSEの発生だった。農水省が「絶対発生するはずがない」と断言してきたBSEの発生で、日本における食肉生産、流通は根本的打撃と見直しを迫られることになった。そして、追い討ちをかけたのが農水省と食肉流通業者、一部政治家の癒着構造が、BSE対策に使われた巨額の税金を偽装工作でだまし取るという事件だった。国民の関心は一挙に高まった。農水省は自らへの責任追及が更に強まることを沈静化させるために、国産牛の全頭BSE検査体制をつくり、国内で肥育されている牛全頭を10ケタの番号でコンピュータ管理する「牛の個体識別管理体制」をスタートさせ、そして、今年12月から、店頭で販売される全ての国産牛肉の履歴開示を義務付ける「牛肉トレーサビリティ法」を始めたのだ。
 全ての目的は国民の食の安全を守ることにあった。いや、あったはずだった。ところが、現実には、国民の食の安全確保という大義はどこかへ忘れ去られ、食肉の生産・流通の体質改善には手がつけられず、大きな資金を持つ大きな企業のみが対策費をふんだんに使って生きのび、小さな畜産農家・精肉業者は淘汰され、畜産・食肉業界の実態は、ほとんど何も改善されないまま、国民の目からかくされてしまいかねない事態が進んでいる。
 例えば、日本政府はアメリカ産牛肉の輸入再開のために、国産牛の全頭BSE検査の撤回を準備し始めたし、輸入牛肉は牛肉トレーサビリティ法による履歴開示義務の対象からは巧妙にはずされている。つまり、これからは履歴開示義務のない輸入牛肉の方が、食肉加工業者や外食産業、大手焼肉業者には使い易いというわけだ。
 他方で、牛肉トレーサビリティ法の施行にむけて、国産牛肉の価格は確実に値上がりが予想されている。これまで加工段階、流通段階で日常化していた偽装がやりにくくなるからだ。交雑種(F1牛)を黒毛和牛と表示したり、乳牛を和牛と表示したりすることは業界では常識だとされてきた。だから、安い「黒毛和牛」の肉が売られていたし、焼肉屋でも、あっと驚く価格で「黒毛和牛」の肉が食べられた。と畜段階で、全ての牛の肉をサンプル保存し、売られている牛肉が、表示どおりかどうかをチェックすることができる体制が、牛肉トレーサビリティ法の施行によって確立されるということは、こうした牛肉の偽装表示に対する抑止力となることは間違いない。それは消費者にとってデタラメな表示の牛肉を買わされることが少なくなるという点で有難いことではあるけれど、価格は当然高くなる。結果、国産牛肉の消費は減退して、輸入牛肉が米国産牛肉の輸入再開を機に、更に拡大することが予想されている。それこそ、アメリカ政府の、そして、ひょっとすれば日本政府の思うツボかもしれないのだ。

現場の活力こそが食の安全を生む

 国民の食の安全を確保するためには、その食べ物が生産されている現場、農業・畜産・食品加工の現場を、より安全で、質の高い生産が可能となるよう強化・改善することが必須だろう。農業や畜産に従事する人達が、生き活きとして積極的に生産活動に励むことができないで、どうして食の安全が生み出せるというのだろう。ところが、政府や農水省のやっていることは、まったく逆のことばかりに見えてくる。大手の流通業者や外食産業の利害ばかりに目を奪われているように見えてくる。廃業し、牛飼いをやめていく牧場の話を聞くたびに、離農し、農業から撤退した農家の話を聞くたびに、腹が立って、頭に血がのぼる。現場の技術や知識の継承と人づくりは金では買えないものなのに……。
 よつ葉が、たいしたことができているとは思わないけれど、こんな時代の流れの中にあって、自分達の手で現場をつくって、一歩一歩改善して、会員の皆さんと協同して、食べ物の自然をとりもどすことに力となれば、良い汗を流すことができればと思っている。