大豆について考える
安全食品事業協同組合・鈴木伸明 さまざまな伝統的食品の原料となる大豆は、私たちの食生活の中で米についで重要な作物と言えるでしょう。ところが、そのほとんどを輸入に頼っている現状があります。戦後、食の欧米化政策で、台所からも学校給食からも「ごはんとみそ汁」が排斥されました。戦後の栄養改善運動の問題点が指摘され、伝統食見直しの機運が高まった最近になって、「なんだ、それなら『ごはんとみそ汁』でよかったんじゃないの」と思ったときには、米は減反につぐ減反から輸入米も含めた市場競争へ、大豆は九五%が輸入で、その大半が遺伝子組み換えという現状になっていて、国産の存続そのものが危惧されています。こうした大豆の現状と課題について安全食品事業協同組合の鈴木さん、よつ葉の大豆契約栽培への取り組みについて別院食品の松本さんに報告していただきました。 |
今、大豆について、あれこれと想いをめぐらすことは、これからの「食」のこと、農業のこと、はては私たちの社会の明日を考える上で、大変示唆に富んでいるように思える。 伝統的な素材である大豆。そのまま食べる。また様々に食品に加工される。大豆粕は飼料としても重宝される。私たちの食卓に欠かせない食材である。 九五%が輸入大豆 大半は遺伝子組み換え しかし、この大豆は一度国内ではほとんど生産されなくなったことがある。種さえ一旦は消えてしまったとも言われている。米などに比べて、生産性が低いなどの理由で作られなくなったという。今は、米を作るな、という愚策のおかげで、転作奨励金(昨年政策が大幅に変更、今までの奨励金はなくなった)が支給されて、全体の消費量の五%ぐらいまで回復したとのこと。九五%は今でも輸入ということになる。輸入の大半はアメリカからである。しかも、その八〇%以上が遺伝子組み換え大豆である。 手段にされた人と自然の営み
食べるために作るということと売るために作るというのは大きな違いがある。かつての私たちの社会は食べるために大豆をつくっていた。欠かせないものだから作った。米作りと一緒に、畦豆とも言われる、畦に種を撒き、大豆を育てた。三、四〇年前までは農家では普通のことだった。 |