当コラム欄担当をしばらく休ませて頂きますので、僕の好きな詩を掲載します。菊岡久利の昭和十一年の作品なので、時代錯誤的と思わないで下さい。
(府南産直センター・渡邊 了)

貧時交
 飜手作雲覆手雨  粉粉軽薄何須数
 君不見管鮑貧時交 此道今人棄如土
浪みたいに
ひきも切らず
あとからあとから仲間が押寄せる
だが何かの拍子に
ふと又
浪みたいに
いまは遠く引いて行つた仲間を思ふ
わたしは整数ではない
わたしは単独人で生ひ立ちはしなかつた
わたしは不足がちの一飯一飯を分け合つた
出がらしの一杯の茶も
安い臭いの煙草の吸ひさしとて
わたしたち複数がそれを共に味はつた
わたしは着物をぬぎ
彼は銭を渡したことがある
彼はわたしに宿を与へ
彼はまた他の彼に施療の病院も世話し
奴はあいつのために仕事口を見つけたし
あいつは野郎に
警察まで出かけて行つて差入れもしたし
貰ひ下げもしてやつた
わたしたち仲間の愛の
この循環は
話したとてきりもない世界だが
仲間が喰べ
仲間が歌ひ
仲間が苦しみ
仲間が憤慨し
仲間が笑つた

わたしたちはさうして育つて来た
どんな暗い狭いところに独り在る時も
どんな不気味な広場に独り立たされても
わたしは自分のことを
ひとりぽつちの独りだと思つたことがない
常にわたしは負数であり
仲間の何分の一の
その一人だつた
仲間たちがひとりでに日常坐臥の裡に培つた
この考へ
この密接な信頼を
わたしたちは互ひに決して忘れたことがない
自分が親切にさうされて生きて来たそのとほり
世間の人が親兄弟に孝行親和をさう云ふやうに
わたしたちはまた仲間たちにそのまま行ふのだ


Aは仲間に看取られて死に
その小さい骨は蜜柑箱に詰められ
仲間より多く物物しい警官の垣の中を
仲間の哀しみの歌声に葬送された
Yはマルキストになつて獄死し
Mは狂し
拘禁性痴呆症といふ病名を創設した
Gは凍死し
Kは肺病となり
別府の仲間の侠に永く患つて死んで行つた
Iは肺結核で九州の海辺の村へと帰り
Kは発狂し
Yは肺死した
Tは故郷の信州の田舎へと
徒歩で途路村村を訪ねて帰つて消息なく
Yは《青年に訴ふ》を抱いて
千幾百尺地底下A抗の鉱塵となり
Rは厳冬の朝鮮へ帰つて行つた
そしてKは遠退いて故郷の土の中に埋もる
Fは袴を穿いて口過し
Sは老父によつて首に縄の如く引かれて行き
Nは都会に敗退して行方すら知れず
Kは自ら縊れて死んで行つた

そして
更に猶
意思を抱き心に爪牙を磨しながら
いかに無数の仲間が獣物となつて
閉ざされて暗闇の憂悶を託つか
引き浪よ
後退の時よ

けれども君たちは遺して行つた
それぞれの何ものかを
いつかしら鼠算の迅さで増大する新らしい力が
仲間の寄せの浪となつて蜒ることだらう
やがて浪かさなれば逆巻く怒涛の時だ